芸人の35歳は若手か中堅か

夢占いでは、穴を掘る夢は「強い不安を抱えている」ことを意味するという説もある。

未曾有の疫病を前にして「この先どうなるんやろ」という不安感、一方で休みなく働く中で「これで休める」という安堵感。アンビバレントな感情を抱く日々の中で、世間も少しずつコロナに対応を始める。

たとえ、不謹慎と言われようが、不要不急と言われようが、当時の社会はたしかに「お笑い」を求めていた。そして、お笑いライブの配信というテクノロジーが二人の長い夏休みに終止符を打った。

「しばらくしてから無観客で配信やるって言い出して。お客さんおらんのにアクリル板置いて。とにかく恥ずかしかった。みんな『芸人がネタを配信するなんて』って言ってたけど、その月の(給与)明細見て黙ったよな」(小林)

当初は「配信」への戸惑いもあったが、給与明細を見てグーの音も出なくなったという
当初は「配信」への戸惑いもあったが、給与明細を見てグーの音も出なくなったという
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「配信バブルな。レイザーラモンさんがステージでプロレス始めたの覚えてるわ。やりたいことある人は好き勝手できた」(友保)

「もう中(学生)さんは途中で心折れて帰ってきてたけどな」(小林)

金属バットの二人も、コロナ禍を乗り越えて走り出した。

会えない時間は二人に特別な絆を与えたに違いない。

「なんか来週からコロナ明けるみたいなん聞いて、で、久々に小林と会うて。ずっと会ってなかったから、ほんまに何か月かぶりにネタでも合わせるかって集まったんすよ。
でも、それまでお互いずっと座ってたから立ってられへんかった。ヘロヘロやったな。二人でちょっと立って喋って、すぐ座るみたいな」(友保)

「筋トレの効果なかったな」(小林)

「筋トレはすぐやめたから」(友保)

一方で、2020年は悲しい別れの報せもあった。苦楽を共にした同期芸人のてんしとあくま・川口敦典さんが持病の内臓疾患で急死する。36歳の若すぎる別れだった。

「当時、ビルディング(川口さん)が死んだってメールが来て。お別れ会みたいな、お通夜をするみたいな。で、ほんまは集まらないでくださいやけど、偶然みんな来ちゃってね。
後輩のしげみうどんも仲よかったから、ちょっと顔見に行こうぜって。で、わしマスク持ってなくて、どうしようってコンビニ行ったら、ホットアイマスクだけ売ってて。それ口に貼っといたらいけるやろって。口ほっかほかでヘラヘラして行ったの憶えてる」(友保)

「マジで熱々になるからなあ」(小林)

「でも、いざビルディングのご遺体見たら、ワンワン泣いてもうてね。口ほっかほかのオッサンが号泣してるっていう」(友保)

少しずつ亡くなっていく友達もいる、会えなくなる友達もいる。
それが金属バットにとって35歳のリアルだった。最後に二人に聞いた。

芸人の35歳は若手なのか、それとも中堅なのか。

「何言ってんすか、若手ですよ。売れるまでは全員若手、僕らなんて大阪吉本きっての売り出し中の若手です」(友保)

「若手の飲みっぷりでしょ」(小林)

「すいません、ビール4つください」(友保)

自らを「若手」と言い張る金属バット。たくさんの芸人仲間が辞めていった中で、40歳を目前にした今も彼らは漫才を続けている。

辞めていった奴らの分も、死んでいった奴らの分も金属バットは背負っている。

彼らがなかなか見せないその心の奥底を覗くために、この日の取材は8時間に及んだ。

取材・文/西澤千央

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金属バット●NSC大阪校29期生の小林圭輔(1986年3月6日)と友保隼平(1985年8月11日)によるお笑いコンビ。2006年4月に結成。唯一無二の漫才スタイルで「M-1グランプリ2018」の準決勝に進出したことで注目を集める。
M-1グランプリ2022では、敗者復活戦の視聴者投票で約37万票を獲得するも、2位で惜しくも決勝進出ならず。2023年、2024年の2年連続で「THE SECOND~漫才トーナメント~」のグランプリファイナルに進出した。