公共交通機関で帽子もサングラスもマスクも着けない
さすがにこの領域には入ってきて欲しくないんだなと思えたり、かわされたなと思うこともあったが、東出は基本的に嫌な顔をせずに応じてくれた。
ただ、何度となく「これは書けないけど」という類いの前置きがくっついてきた。
「これ、本当に書けないやつなんですけど」
「これも書けないですけど」
「使えない話になりますけど」
東出は「書かないで欲しい」という直接的な言い方はせず、あくまで最終的な判断は相手に委ねる言い方をした。訳すと「書けないですよね?」であり、「書かないですよね?」だった。
正味の話を聞きながら愚かな男だなと思ったし、同じ男としてかっこいいなと憧れを抱いた部分もある。そこの線引きは人それぞれだろう。しかし、どうであれ、ここまで嫌われなければならない人物には到底、思えなかった。たとえ見抜けなかった裏の顔があったとしても、である。そんなものは誰にだってある。
中には、世間の誤解を解くためにも隠さずにはっきりと伝えたがほうがいいのではないかと思えるエピソードもあった。だが、東出は言う。
「いやいや、いらんす。がんばってるじゃんって、思われたくないんで。メディアを使って、言うことでもないし。うん、うん。世捨て人って思われようが、だらしないやつって思われようが、何でもいいんです。近しい人はわかってくれているので。いや、わかってもらいたいも、あんまりないかな。自分の中で納得できていればいいと思っているんで」
彼はこれまで報道されたスキャンダルについては内容の真偽に関係なく、一切弁明をしないと決めているようだった。
彼が語った言葉の中には小さな嘘も交ざっていたかもしれない。しかし、概ね、本当のことなのだろうなと思えた。そう信じられるのは、東出は普段、公共交通機関を利用するときに帽子もサングラスもマスクも着けないからだ。
東出は何でもないことのように話す。
「僕の顔なんて見てないですよ、みんな。スマホばっかり見てるので」
1年ほど前、都内でインタビューをしたときもそうだった。東出はなんの「変装グッズ」も装着せず、地下鉄の改札口のほうへ颯爽と去っていった。あまりにも堂々とた後ろ姿を眺めながら、芸能人のもっとも効果的な「変装」はこれではいないかと思えたものだ。
東出の最近の格好を見ていて、ずっと気になっていたことがある。左腕にはめられた安物の黒いデジタル腕時計だ。通称「チープカシオ」と呼ばれる2000円程度の腕時計である。