再会の時、彼女は“白い箱”になっていた
一方、泰蔵の行動はすぐに広く知れ渡り、刑事を通じてやがて理沙の母親の耳にも届く。
「せめて一言だけでも謝りたいです。会ってほしいと伝えていただけませんか?」
両親が上京している旨を刑事から聞いた彼が懇願すると、母親はすんなり受け入れてくれた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。守ることができずにごめんなさい」
まともに顔を見られないまま言うと、母親は「ありがとう、本当にありがとう」と彼の手を取り言った。
「ぜひ、娘に会いに来てね」
見上げるとそこに、理沙にソックリな母親の、優しく微笑む顔があった。
以来、泰蔵と理沙の両親との交流が始まる。彼女のもとへ、すぐにでも。気持ちは早るが、しばらく先までアルバイトの予定を入れてしまっていた。休みはないか。連休はないか。手帳に記された予定表を目で追うと、思いがけないことに9月末に連休を取っていたことがわかった。
理沙と2人で過ごしたいと休みを取っていたんだ……。自分の誕生日のことすら忘れていたという。それだけ事件に忙殺されていたのである。
すぐに新幹線の予約を入れ、そして、誕生日である9月20日に泰蔵は、満を持して理沙に会いに行く。緊張と淡い思いが入り乱れる、はずだった。だが彼は、彼女が白い箱になっているという現実を目の当たりにして、自分の無力さに膝から崩れ落ちる、だけだった。
「実は事件後、僕は彼女とは対面できてないんですよ。自分も疑われていたというのもあって、親族だけで荼毘に付されていたんです。そしてお骨になって実家で過ごしていたので、あの日、初めての再会だったんです」
彼女の遺骨を見てもまだ、信じられなかった。そのとき、最後に会話したときのことを思い出した。
「新宿へ向かう電車で、自分が先に降りて『お疲れ~』って手を振った。僕らはそれっきりだった。あれから、たった1ヶ月ですよ。それなのに彼女が白い箱になっている現実……。つらかったです。箱を撫でてお母さんたちが昔の写真とか飾っているのを見て、自分の付き合いの浅さを恨みましたし、彼女を守れなかったことの責任の大きさを実感しました。本当に申し訳ないなって」
泰蔵は理沙を助けられなかった後悔から来る彼女の命の重みを、深く噛み締めるようにしてじっと息を潜めた。両親には、彼女がどれだけ真剣に女優を目指していたかを伝えることで精一杯だったという。
その後も毎日、泰蔵は疲れと興奮を反芻しながら、ただひたすら彼女の自宅マンション周辺を歩いた。まだ容疑者すら浮上していない。
(文中敬称略)
写真/『事件の涙』より出典