震える声で答えるワタル…「死にたいって思ってしまう」

ワタルは泣き止んではいたが、声はまだ震えている。

「ワタル、少年院送致になっても逆送で刑務所に行くことになったとしても、いずれ社会に戻るときはやってくる。そのときのことだけど、僕が運営するグループホームで再スタートをしてみないかなって思っているんだけど」

高坂くんは自分が理事長をつとめるサポートセンターのパンフレットを差し入れし、施設の説明をしている。聞いていたワタルは少しずつ落ち着きはじめていた。

「高坂さんはわざわざ遠くから来てくれたんだぞ。お礼言わなきゃだぞ」

父親がそう言うと、ワタルは小さな声でありがとうと言った。

「いいんだよ。『4sホーム』のパンフレットとルールとかの差し入れしたから読んでね」

4sホームは、高坂くんの団体が運営する自立準備ホームの名前だ。

「私は本と便せんと切手を差し入れしたからね。手紙書くね。本は『セカンドチャンス!』の本だよ。人生が変わった少年院出院者たちって本だよ」

面会の残り時間を表示するストップウォッチは、あと数分になっていた。

「ワタル、いま、何を考えてる?」

「死にたいって思ってしまう」

高坂くんの言葉に、ワタルは泣きながら答えた。

両親も私たちも、返す言葉がなかった。母親は涙を流していた。

「この実名報道で仕事を失うかもしれない」

それから数日後、審判の日が決まったとワタルの父親から連絡が入った。審判は3月20日と22日、2日間に分けられた。

審判当日、高坂くんと一緒にワタルのところに向かった。

ワタルの審判の結果は、逆送 (検察官送致)だった。ワタルは大人と同様に、法で裁かれることになった。

両親の心労は計り知れない(写真はイメージ)
両親の心労は計り知れない(写真はイメージ)
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ワタルの父も母も肩を落とし、言葉がなかった。覚悟はしていたものの、現実はやはり厳しかった。

「今後、実名報道もあるということですよね。おふたりはどう思っていますか?」

高坂くんと私とワタルの両親は車に乗って、新宿にある「『非行』と向き合う親たちの会」の事務所に向かっていた。車内で後部座席に座る両親に質問すると、2人は顔を見合わせてからこう答えた。

「あいつが帰ってくる場所がなくちゃって思ってるから。頑張るしかないなって。私たちも生きていかなくちゃいけない。この実名報道で仕事を失うかもしれない。どうなってしまうか正直不安はあるけど、あいつの帰ってくる家がないとだから……」

両親もよくよく話し合ったのだと思う。ワタルの兄たちも親戚もすべてのことを含め、考えた答えがこれというわけだ。

少年法の改正は、誰のために作られたのだろうか。被害者のためなのか、加害者に必要とされたのか。

実名報道によって、加害者の家族が苦しい生活を送らなければならない状況に、疑問が残る。仕事をなくし、社会から疎外されて生きることは厳しい。
犯罪者だから?

犯罪をした者の家族だから?

だから、仕方ない。そう思う人が社会には多くいるのだろうか。

法律を否定するつもりはない。ただ、改正によりすべての人が幸せになれるわけではないということだ。

人はそれぞれ自分の置かれた立場によって意見が異なると思う。自分が、被害者になったときに、いまと同じ意見を持てるかはわからない。

文/中村すえこ
写真/AC、shutterstock

帰る家がない 少年院の少年たち
中村すえこ
帰る家がない 少年院の少年たち
2024年8月8日発売
1,650円(税込)
220ページ
ISBN: 978-4-86581-433-0

幼少期から親に虐待されて家出、食うために窃盗や強盗をした少年。友達の身代わりに詐欺の受け子をして抜けられなくなった少年。それぞれの犯罪の裏には、まだ自立できない年齢なのに、頼れる大人も安らぎもないという家庭や社会の問題がある。
また、少年院を出ても昔の仲間が足を引っ張る。追い詰められた結果、闇バイトの実行犯として懲役刑を受けた18歳の「特定少年」は「捕まってホッとしている」と言った。頼れる人のいない少年が生きていくには多くの困難がある。自身も少年院経験者の著者は、彼らが犯罪へと踏み込んでいくのは少年だけの問題ではなく、社会、すなわち大人の問題でもあると語る。人は人とつながることで生きていける。支えがあれば、人は変われる!

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