「他者の文脈をシャットアウトしないこと」「仕事のノイズになるような知識を受け入れること」それこそが働きながら本を読む一歩だ
映画を早送りで見ても、教養をビジネスで利用するために学んでも、人はそこで必ず「他者」の文脈に触れることになる。文芸評論家の三宅香帆氏は、そういった目的の周辺にある「ノイズ」に耳を傾けることが、働きながら本を読む一歩だと語る。
書籍『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を一部抜粋・再構成し、2021年の芥川賞『推し、燃ゆ』(宇佐見りん、2020年)の主人公を例に解説する。
なぜ働いていると本が読めなくなるのか #4
仕事以外の文脈を思い出す
『ファスト教養』のなかでレジーは、ビジネス上のコミュニケーションのために音楽という情報を得ようとすることを批判的に語る。しかし一方で、ビジネスのために音楽という情報に触れることで、結果的に本来ノイズだった、ビジネス以外の文脈に触れることも─あるかもしれないのだ。
そう、映画を早送りで観ても、教養をビジネスのために利用しても、「推し」を仕事からの現実逃避のために推していても。それはもしかすると、自分の外側にあるノイズである文脈─遠いけれどいつかは自分に返ってくるかもしれない文脈─の入り口かもしれない。
たとえ入り口が何であれ、情報を得ているうちに、自分から遠く離れた他者の文脈に触れることはある。
たとえば面接のためにフリッパーズ・ギターを調べているうちに、昔の音楽を聴くようになるかもしれない。たとえば早送りで観たドラマをきっかけに、自分ではない誰かに感情移入するようになるかもしれない。たとえば自分の「推し」がきっかけで、他国の政治状況を知るかもしれない。
今の自分には関係のない、ノイズに、世界は溢れている。
その気になれば、入り口は何であれ、今の自分にはノイズになってしまうような─他者の文脈に触れることは、生きていればいくらでもあるのだ。
大切なのは、他者の文脈をシャットアウトしないことだ。
仕事のノイズになるような知識を、あえて受け入れる。
仕事以外の文脈を思い出すこと。そのノイズを、受け入れること。
それこそが、私たちが働きながら本を読む一歩なのではないだろうか。
写真/Shutterstock
2024年4月17日発売
1,100円(税込)
新書判/288ページ
ISBN: 978-4-08-721312-6
【人類の永遠の悩みに挑む!】
「大人になってから、読書を楽しめなくなった」「仕事に追われて、趣味が楽しめない」「疲れていると、スマホを見て時間をつぶしてしまう」……そのような悩みを抱えている人は少なくないのではないか。
「仕事と趣味が両立できない」という苦しみは、いかにして生まれたのか。
自らも兼業での執筆活動をおこなってきた著者が、労働と読書の歴史をひもとき、日本人の「仕事と読書」のあり方の変遷を辿る。
そこから明らかになる、日本の労働の問題点とは? すべての本好き・趣味人に向けた渾身の作。
【目次】
まえがき 本が読めなかったから、会社をやめました
序章 労働と読書は両立しない?
第一章 労働を煽る自己啓発書の誕生―明治時代
第二章 「教養」が隔てたサラリーマン階級と労働者階級―大正時代
第三章 戦前サラリーマンはなぜ「円本」を買ったのか?―昭和戦前・戦中
第四章 「ビジネスマン」に読まれたベストセラー―1950~60年代
第五章 司馬遼太郎の文庫本を読むサラリーマン―1970年代
第六章 女たちのカルチャーセンターとミリオンセラー―1980年代
第七章 行動と経済の時代への転換点―1990年代
第八章 仕事がアイデンティティになる社会―2000年代
第九章 読書は人生の「ノイズ」なのか?―2010年代
最終章 「全身全霊」をやめませんか
あとがき 働きながら本を読むコツをお伝えします