「セックスをしている人こそ生きている」

家族に悩まされ、幼少期に死すら頭をよぎったきっしー氏が解き放たれる瞬間こそ、“エロ”だったのだという。

「後年になって大人から眉をひそめられるような“エロ”の神秘に触れたとき、秘密を犯したような、他ではえがたい快感を覚えました。それは性欲が満たされる快感ではなく、『隠されていたものはこれだったのか』という知識欲に近かったと思います。私が生きるモチベーションの中心に“エロ”があるのは間違いないですね」 

人生に懊悩しながら辿り着いたきっしー氏の恋愛観、性愛に対する価値観は味わい深い。

「中高生のころから、セックスをしている人こそ生きている感じがしたんですよね。一方で、私にとってセックスは神聖なものであり、高1から彼氏はいたものの、結ばれるまでにはだいぶ時間がかかりました。

むしろ当時の私は『この人とセックスをして、いずれ結婚するんだ』くらい固く思っていました。その彼氏とは高校1年生から大学3年生まで交際しましたが、途中で実は自分は全然結婚をしたいと思っていないことに気づいて別れたんです」

同級生と写真に収まる高校時代のきっしー氏
同級生と写真に収まる高校時代のきっしー氏

高校、大学のほとんどをともにすごした彼氏との別れには、「一般的な幸せとされる、カップル像や性愛像」への違和感があったのだという。

「大学時代にサークルの同期と飲んでいて、彼氏がいるにもかかわらず、そのままセックスしてしまったことがありました。そのとき、ひたすら欲望に従順になって性欲にまみれた視線で私を絡めてくる彼の、野性味溢れる姿に素直に『気持ちいい』と感じました。『付き合っているから』という理由で、愛を確かめるようにするセックスではなく、そんな風にただ獣のように溶けていくような性愛の渦中にいたかったのかもしれません」

現在、社会人になりたてのころから交際している彼氏がいるきっしー氏は、マッチングアプリで他の男性とも出会い、場合によってはセックスを楽しんでいる。きっしー氏と同じく、性的快楽と愛情を切り離して考える彼氏に、こうしたことは隠していない。むしろ「おもしろいことがあったら報告する」のだとか。

「マッチングアプリでも、最初から性行為が目的の男性はつまらないので、会いません。もっとお互いの波長が合って、なにかの拍子に性欲がどろっと出るような、そういう関係が好きだからです。相手の欲望にも自分の欲望にも向き合える時間がほしいんです」

現在はSODのAV監督の職を辞し、フリーランスとして多分野での活動を行なう仕込み段階だというきっしー氏。もちろん活動の中心に据えるのは変わらず“エロ”だが、こんな展望があるという。

「性についての悩みを抱えている人、それを話したい人は意外と多いんですよね。アダルトビデオという映像のみによる表現方法ではなく、活字だったりリアルな対話だったり、さまざまな方法を使って“エロ”は表現できるのではないかと私は考えています。そうした空間の演出に携われたらと思っています。

一方で、監督として関われたことへの感謝も持ち続けています。鬱屈を抱えたとき、たとえフィクションのなかのエロであっても、それがいくばくかは心を癒やすことを私は知りましたから」

職場環境はホワイトだったというAV監督時代
職場環境はホワイトだったというAV監督時代

ままならない日常を生きる人は多い。それを直視し続けるのは心に毒なのに、さりとてすべて投げ出す勇気は持てそうにない。そんな抑圧に飼いならされた人々を、どきりとする“欲”で揺さぶる。それは、刹那にみた淫靡な白昼夢のような解放感。きっしー氏はこれからもそんな感覚を人々に届けるため、全力を尽くす。

未来への展望を語るきっしー氏
未来への展望を語るきっしー氏
すべての画像を見る

取材・文/黒島暁生