“人生で一番ポンコツな自分”からの仕切り直し
「本当に堕落した夏を過ごしました。人生の中で一番ポンコツな井谷俊介でした」
練習に行っても課題を持たず、テンションは上がらなかった。毎日酒を飲み、友達と朝まで平気で遊んだという。だが楽しいと思って遊んだものの心は満たされなかった。そんな活力のない生活を続け、寂しさを感じたまま11月を迎えようやく気づいたという。
「ぼくは、みんなに喜んでもらおうとしたつもりだったけど、実はそうじゃなかったんです。ほめられて、すごいと言われたいだけでした。有名になりたい、メダルを取ってみんなからチヤホヤされたい、と自分のことだけを考えていた」と当時を思い出す。
「健さんから、自分を見失っていると言われた意味が、やっとわかりました」。それと同時に陸上へのモチベーションも戻ったという。「口もきかないくらいギクシャクした関係になっていましたが頼みました。『健さん、もう1回一緒にがんばらせてください』と」
初心にかえった井谷は、再び練習に打ち込むようになった。
引退を考えた大会がターニングポイントに
パリパラリンピックに向けてもう一度走り出し、引退も視野に入れつつ臨んだ地元での伊勢大会。前日に「明日、だめでもよくても、みんなが喜んで終わればいい。みんなが喜んでくれる走りをしよう」と、心に決めたという。
結果は自己新記録だった。
「限界は自分で決めるものではない。自分で自分を諦めてはだめだし、自分を信じてやれるのは自分だけだ、と思いました」
そしてスタンドには、喜んでいる家族や友人たちの姿があった。
「やっぱり幸せを感じました。僕以上に僕を思って一緒に悲しんで喜んでくれる人がまわりにいたんです」
この試合は井谷にとってターニングポイントになった。「自分は東京パラに出られなくて、むしろよかったと思います。出ていたらずっと思い上がって勘違いしたまま、競技者としてはもう終わっていたと思いますね。出られなかったからこそ、また強い方向に進めたんです」
そして「自分は今でこそちゃんとしたアスリート」と感じられるようになったという。
やれるところまで挑戦し続ける
「今、自分の人生がすごく好きだと思えています。人と比べず、自分がいかにその日を満足してるかどうかが大事です。自分を大切に思えるようになったことで、まわりの人のことも思えるようになりました」
気負わずそんなふうに考えられるようになった。
「パリパラリンピックでメダルをとる!というよりも、あくまでも自分の走りで、みんなに喜んでもらいたいんです」
パリパラリンピックが終わっても、大会や試合は続いていく。井谷はきっぱりと言った。
「ずっと陸上競技で挑戦し続けたい。本当に心から楽しいなと思えるので、やれるところまでやりたい。引退は今考えていません」
取材・撮影/越智貴雄