感動するのは、見たことのない存在
――おふたりはどんな映画スターに憧れてきましたか?
余 劇団員の頃は、淡島千景さんとか淡路恵子さんのタバコの吸い方とかをマネしたりしましたね。泉鏡花の小説を映画化した『日本橋』(1956)という作品があるのですが、若尾文子さんと淡島千景さんの動きが本当に美しくて。それもよくマネをしました。あと、緑魔子さんのつけまつげをちょっとずらすメイクをマネしたり。映画の中の女優さんは、私にとって“ああなりたい“と思う、ファッションリーダーのような憧れの存在でしたね。
洋画だと、『ひまわり』(1970)とか『小さな恋のメロディ』(1971)を劇場で見たことを覚えています。『おくりびと』(2008)でアカデミー賞授賞式に出席したときに、ソフィア・ローレンさんがちょうどいらっしゃって。“生ソフィア・ローレンだ!”って、大いに興奮しました。
小林 僕の子供の頃のスターといえば、中村錦之助(萬屋錦之介)さん。あと、三船敏郎さんの作品を今になって見直すと、やっぱりいいんですよ。三船さんって不器用な俳優さんの代表みたいにいわれていたけど、『馬喰一代』(1951)を見たときに、“名優じゃねえか!”って思って。とても感動しましたね。
――同じ俳優から見て、どんなところに感動するのでしょう?
小林 例えば『日本のいちばん長い日』(1967)で阿南惟幾役を演じているんだけど、割腹自殺するシーンがすんごい迫力なの。腹を切った経験なんてないはずなのに、なんであんなことができるんだろうって思いましたね。自分だったらこうできるなんて発想が浮かばないくらい。僕ごときにはマネできないね。
あと、一番憧れている存在といえば麿赤兒(まろ・あかじ)さん。学生時代に“紅テント”(小林さんも後に所属する劇団・状況劇場)で見たんですけど、あんな芝居があるんだという驚きと、こんな役者さんがいるのかという感動で衝撃を受けました。後にも先にも、麿赤兒さんみたいな役者は見たことないもん。
余 そうよね。見たことない存在って、本当に感動します。
――プライベートで映画をご覧になることも多いですか?
余 うちの夫が美術をやっているので、映画ではセットを見るのも楽しみ。作り手の熱意を感じるとワクワクしますね。話題になっている作品はよく見に行きます。
小林 妻がちょっと変な映画を勧めてくれることがあるので、見ることはありますね。ただ、僕は情報をキャッチするアンテナが段々と弱くなっているので、積極的に映画を見に行こうっていうことは、減っちゃったかもしれない。
――映画を見るときに、お芝居が気になったりすることは?
余 プライベートで見るときは、純粋に楽しめるかな。どうですか? あの人の演技が……とか、思っちゃうタイプですか?
小林 気になることはありますよ。
余 あはは!
小林 この人何やってんだって、怒りが込み上げてきたこともあります。
余 えー! 私もそう思われないようにしなくちゃ。まあ、それは監督の演出の責任でもありますけどね。
小林 そう。そういう映画だったらそれでいいんだろうけどね。やりすぎている芝居を見ると、あなたが気持ちいいだけでしょって思っちゃう。監督でも俳優でも、おもしろいでしょって感じを出すものって、ひとつもおもしろくなかったりするんだよね(笑)。
余 この映画もそうだけど、見る人の判断ですよね。俳優はどうしても俳優のことを見ちゃうから。
小林 そりゃもう、自分もいろんなことを言われていると思いますよ。何を言われても、その通りでございますって感じ(笑)。
――ドラマのない日常を描いた『冬薔薇(ふゆそうび)』は、どんな受け取られ方をすると思いますか?
小林 それがわからないんだよね。小学生や中学生くらいの子が見たら、なかなか理解できないかもしれない。でも18〜19歳くらいになったら、いろんな人がいるからね。人生経験はもちろん、どんな角度で映画と出会うかは、人それぞれだから。いろんな見方をしてもらえたらと思います。
余 『冬薔薇(ふゆそうび)』みたいにモヤモヤっとする映画もあるし、見終わって「気持ちがいい! 楽しかったー!」っていう映画もある。一方で残酷な韓国映画もあるし、色々あっていいんですよね。今は制限があったりするじゃないですか。ドラマでもタバコを極力吸うなと言われたり、これは言っちゃいけない、こういう表現はいけないとか……。だんだんやりにくい世の中になってきていると思うので、色々できることを許されている時代がいいなって思います。
小林薫 こばやし・かおる
1951年9月4日生まれ、京都府出身。1971年から1980年まで唐十郎が主宰する状況劇場に在籍。退団後は多くの映画やドラマに出演する。近年の主な出演作は映画『深夜食堂』(2015)、『武曲-MUKOKU-』(2017)、『夜明け』(2019)、『ねことじいちゃん』(2019)、『花束みたいな恋をした』(2021)、『Arc-アーク-』(2021)、『はい、泳げません』(2022)など。
余貴美子 よ・きみこ
1956年5月12日生まれ、神奈川県出身。劇団オンシアター自由劇場、東京壱組を経て、映画、TVドラマ、ナレーションなどへと活動の場を広げる。2019年紫綬褒章を受章。近年の主な出演作は『ホテルローヤル』(2020)、『泣く子はいねぇが』(2020)、『ノイズ』(2022)など。
『冬薔薇(ふゆそうび)』(2022) 上映時間:1時間49分/日本
舞台は横須賀の港町。渡口淳(伊藤健太郎)は25歳の今まで定職に就いた経験はない。服飾の専門学校に在籍はしているが、授業にほとんど出ずに地元の不良グループとつるんで虚勢を張る毎日。実家はガット船と呼ばれる特殊な船で、大量の土砂や砂利を埋め立て地まで運ぶ小さな海運業を営んでいる。父親で船長の渡口義一(小林薫)とは、もう何年もまともに口をきいていないし、事務所を切り盛りする母・道子(余貴美子)から気にかけてもらった記憶も薄い。そんな鬱屈したある日、淳は不良グループ同士の揉め事で、足に大怪我を負う。入院中、仲間からも距離を置かれた淳は、何か別の道を探すことになるのだが……。
©2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS
配給:キノフィルムズ
6月3日(金) 新宿ピカデリーほか全国ロードショー
公式サイト
https://www.fuyusoubi.jp
撮影/小田原リエ 取材・文/松山梢