純子と自分が似てると思うことはあまりない
──『不適切にもほどがある!』の純子だけでなく、『少女は卒業しない』や『愛なのに』などの映画でも高校生を魅力的に演じていますが、高校生役に臨むときは、当時の心境を思い出すのか、今ならではの解釈をして演じるのかというと、どちらですか?
河合優実(以下同) 高校卒業のタイミングで役者を始めたんですけど、年数が経つと当時の感覚から離れていきますし、高校生の現役の年齢の方々とご一緒すると、もう自分が持ってない輝きを感じて(笑)。自分ができないことを彼らができるなら、自分は違う年齢の役をやったほうがいいのかな、と思う時期もありました。
でも『不適切にもほどがある!』の純子は、これまで演じた高校生とは(生きている)年代も人間性も違うので、高校生だからというハードルはなかったですね。それに今は、高校時代を俯瞰する側面や、この役をどういう高校生にしたらいい作品になるかという目線も持てるので、今だからこそできることはあるのかなって思います。
──純子を演じる中で、高校時代の自分自身や、感覚が近いなと感じることはありますか?
純子が自分に似てるなって思うことはあまりないんです(笑)。でも、純子を演じてセリフを言ってみたときに、すごくわかるなって思いますね。特に父親の市郎(阿部サダヲ)との関係性の中で、親子や家族に関する、令和でも昭和でも変わらない価値観と向き合っているときは何の違和感もなくセリフを言えるし、むしろ、純子は自分より立派だなって思うこともありますね。
高校時代はリーダータイプ。ずっとおっきい声出してました
──高校時代はダンスに打ち込んでいたそうですが、どんな学生だったんですか?
ダンスの部活の発表とか文化祭とか、人前に出る機会が多い校風だったんですよ。そういうときは全部のステージに立つし、全部のステージを仕切ってました。
──リーダー的な存在だったんですね。前からそういうタイプだったんですか?
推薦されて学級委員をやることもあったし、中学時代も、体育祭のダンスのリーダーをやるようなタイプでしたね。
──河合さん、こうして話していても落ち着いていて、表現に真摯に取り組むイメージはありますけど、リーダータイプというのは意外です(笑)。
よく意外がられます(笑)。高校時代は、ずっとおっきい声出してました。
──おっきい声(笑)。高校の頃に俳優になろうと決めたそうですが、なぜ、ダンスではなく俳優だったんですか?
それが、私もよくわからなくて(笑)。演技も授業や行事で触れただけで、本格的にやったことはなかったんですよね。ただ、ダンスでステージに立っている瞬間、お客さんから返ってくる反応が、今でも忘れられなくて。自分が作ったものや表現する姿に泣いている人がいる、そういう体験が積み重なって、いろんな人と一緒にものを作って、人に見せることを仕事にしたいなと思ったんです。
その中で一番、性に合っていたのがお芝居だったのかなって。ダンスや歌や、演出家という道もあったけど、お芝居の中で歌もダンスもできるし、自分の感覚的に、お芝居以外にエンターテインメントの世界で生きていく道が見えなかったんだと思います。だから出発点は、俳優になりたいというより、表現者になりたいっていうことでしたね。