うちはもうダメ
去年の夏も、暑かった……。
小倉駅から歩いて7分。魚町商店街を抜けて大通りの信号を、旦過市場のほうに渡ったところの路地に、古い建物はありました。
夜にはネオンが輝いていました。うちの裏手にある旦過市場では、2022年の4月に大きな火事があったばかりでした。
あの日。
2022年、8月10日、水曜日。レディース・デイで、展示コーナーにたくさんのお花を飾っていました。うちで上映していた『映画太陽の子』には、若くして亡くなった三浦春馬さんが出演されています。熱心なファンの方々が、いつものように、たくさんの花を贈ってくれていたのです。
最後のお客さまの背中を見送って、スタッフと翌日の予定を打ち合わせます。「暑いから売れるよね」と、冷蔵庫にはアイスクリームをパンパンに詰め込んでいました。
お掃除のおばちゃんに残ってもらって、わたしは昭和館を出ます。
真っ直ぐに自宅のマンションにもどって、夕食の仕度をしました。お魚を焼いて、味噌汁をつくります。お風呂に入って、洗濯機を回しました。
家族3人が、食卓に集まったのは夜9時よりも前で、「きょうは早いね」と、みんなで話していました。
ちょっとだけ、お酒も飲んでいます。
それぞれがパジャマを着て、ほろ酔い加減になったところ、電話が鳴りました。自宅の固定電話でした。こんな時間に誰だろう……と、受話器をとりました。
弟の声でした。
「魚町4丁目のほうが、燃えてる」
「えっ」
そんなはずがない……。息子と目を合わせました。夫の視線を感じます。弟の声が、わたしの耳に響きます。
「すぐ、降りてきて」
「わかった」
「マンションの下に、迎えに行くから」
夢中でした。酔いは一瞬にして、さめています。
ごはんを食べかけのまま、急いで着がえます。化粧もせず、「火を消したよね」と、そこだけ確認して、家を飛び出しました。
家族3人、自宅のマンションの前から、弟のクルマに乗り込んだのですが……。
旦過市場は、北九州の台所。4月の火災の傷も癒えないうちに、2度も続けて起こるなんて、信じられない。昭和館は大通りから、路地をちょっと入ったところにあります。すでに消防車もきていたので、クルマは近寄れません。
あらためて、携帯電話を確認しました。警備会社からの連絡はないので、あのときに火は入っていなかったのでしょう。
大通りの反対側の歩道から、昭和館が、影のように揺らいでいました。
建物のすぐ後ろの旦過市場からは、炎が出ています。煙も見えました。強烈な匂いも漂っていました。
うちが火元だったら、わたしは生きていけない……。
樋口家は代々、この地域の消防団でした。昭和館の創業者でもある祖父は、消防団長をつとめています。団員だった叔父は、大昔の旦過市場の火事で目をやられています。
うちの映画館には防火水槽がありました。消火栓もありました。消防団の刺し子の法被や、ヘルメットもありました。消防訓練も、毎年しています。
4月の火事は「漏電が原因かもしれない」と言われたので、電気系統を再検査してもらっています。きちんと全部調べて、大丈夫とのお墨付きをもらいました。
あんなに気をつけても、火を防げなかった。あれ以上、どうすればよかったのか。