歌詞にすることで感激を共有したいわけじゃない

水野 玉置さんは、考えごとしますか?

玉置 普段から、言葉で何かを伝えようと思って物事を考えることはないかもしれないです。ある言葉に執着して、そこから勝手なことを考えて、それを詞や曲にしてきたという感じで。こうすれば誰かに届くとか、そういう脳が全然ないんです。

水野 そこは不思議だなと思っていたんです。詞や曲を書いて、さらにそれを不特定多数の人に届けるのがミュージシャンである以上、自己主張は強いはずですよね。なのに『奇奇怪怪』では、TaiTanさんのほうが圧倒的にしゃべってる。

「文学を読んで内容は理解できたとして、感性に響いたりはほとんどしない」それでも“言語学”をテーマにしたPodcastを大成功させた理由【『奇奇怪怪』×『ゆる言語学ラジオ』】_6
各々の書籍版を手にする様子。水野氏が手にしているのは『言語オタクが友だちに700日間語り続けて引きずり込んだ言語沼』(2023年)
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玉置 これはPodcastを始めてから気づいたんですが、僕は感激したことは覚えているんだけど、それを言語化して、誰かにわかってもらおうという欲求がないみたいで。それに比べると、詞を書くっていうのは、その感激した一瞬をどう翻訳するかみたいな作業なんです。歌詞にすることで、誰かと「こういう瞬間ってあるよね」「最高だよね」って共有したいわけじゃない、というか。

水野 伝えることが目的ではなく、心が動いた感覚をそのまま言葉にしたい、ということですかね。

玉置 そうなんですかね。ちょっとややこしいんですけど。

水野 少なくとも、ロジックで考えているわけではなさそうですね。僕の個人的な所感だと、人はボトムアップで考えるタイプと、いきなり直感のタイプがいて。ボトムアップの人は、AだからB、BだからC、CだからDと、順序立てて考えるタイプです。一方の、いきなり直感の人は、クオリア(自身の体験によっておこる感覚)みたいなものがまずあって、それをどう言葉にするか、っていう。

玉置 クオリアは初めて聞いたのでわからないですけど、人と会話していても、話が飛躍しがちなことは多々あります。「何でいきなりその話になるの?」とかって、TaiTanにもよく言われますし。そのせいで僕はあいづちに徹していったところもあるというか。

水野 話が脱線してしまうのはいやですか?

玉置 脱線がいやというか、会話ってほぼリズムだけでいいんだな、ということがわかってきたんです。TaiTanが言ったことを繰り返したり補足することで、リズムも崩れるし、言ったこともぼやけるなって。そもそもTaiTanは、常に情報を圧縮してしゃべっているので、緊張感があるんですよ。だから言葉も硬くなる。だったら僕のあいづちは、少し気が抜けてるくらいの「ああ」とか「うん」ぐらいのほうがいいなって。

水野 へぇ。僕らとは真逆ですね。僕らは難解な言葉が出てきた時、いかに爆速で補足するか、みたいな感じでやっています。だから脱線もお構いなし。

玉置 『ゆる言語学ラジオ』は脱線もしながら、ずっと緊張感ありますよね。リスナーの好奇心をそそり続けるような。

水野 緊張感、ありますか。自己認識では、脱線によって緩和していると思ってました。というのも、僕らはよく『COTEN RADIO』という歴史のPodcast番組と比べられがちなんですけど、あちらはひたすら情報を圧縮しているところが魅力で、たとえ話が長くなっても、正確に伝えることに重きを置いている。でも『ゆる言語学ラジオ』では、脱線して別の知識を入れることで、情報量は増えているかもしれないけど、そのぶん薄めている感覚でした。

玉置 なるほど。そう言われると、薄まってはいるのかもしれない。

水野 堀元さんいわく、対話形式のコンテンツを聴きたい人たちに提供できるバリューは、情報を薄めることなんだと。一方的なひとりしゃべりを聴くのなら、本を読んだほうがいいって。せっかく二人で対話する以上、違う角度から例を出したり、補足したり、時には脱線もしたり、いろいろ希釈させるようにしているんです。

玉置 『ゆる言語学ラジオ』は、対談形式の読みものとか、テキストと相性が良さそうなのに、どうしてPodcastというしゃべりの形になったんですか?

水野 言語学というテーマを扱うなら、たしかにテキストのほうが、より正確で圧縮された情報を伝えられます。最初の志としては、リスナーに言語にまつわる知識を提供しようと思ってやっていたんですけど、今はもう、そういうコンセプトではなくなっているんですよ。

おしゃべりの利点として、僕が調べてきたことを話すと、相方の堀元さんから想定外のおもしろいリアクションが返ってくる。それによって、理解が深まったり、幅が広がったり、僕一人がインプットしてたどり着くよりも先のところまで行ける。これが最大の魅力です。

もうひとつは、とにかく僕が飽き性なので、何かに興味を持って深く調べても、1ヶ月とか2ヶ月経つと、熱が冷めちゃうんです。文章にして記事や本にまとめようとすると、どうしても時間がかかるので、その熱を残すことができない。だったら、熱がピークの時にしゃべりきっちゃったほうがいいものになるかなと。幸い、僕自身の能力的に、どうも原稿を書くよりも、しゃべるほうが得意だなという感覚もあるので。

玉置 熱を失いたくない、っていうのは大事ですよね。

(後編に続く)

取材・文/おぐらりゅうじ
撮影/野﨑慧嗣

〈番組詳細〉

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2020年5月にPodcastで配信開始。2023年5月、番組名を『奇奇怪怪明解事典』から『奇奇怪怪』にリニューアル。2024年より、全プラットフォームへの配信がスタート。パーソナリティは、ヒップホップユニット「Dos Monos」のラッパーTaiTanと、バンド「MONO NO AWARE」と「MIZ」のギターボーカル玉置周啓。日々を薄く支配する言葉の謎や不条理、カルチャー、社会現象を強引に面白がる。ガンダーラを漂う耳の旅。2022年7月にはTBSラジオ『脳盗』としても放送開始した。著書に、『奇奇怪怪』(2023年、石原書房)などがある。

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2021年1月にPodcastとYouTubeで配信開始。パーソナリティは、編集者の水野太貴と、YouTuberで著述家の堀元見。「ゆるく楽しく言語の話をする」をコンセプトに、水野が持ち込んだ言語にまつわる身近なトピックを、堀元が聞き役として進行する。著書に『言語オタクが友だちに700日間語り続けて引きずり込んだ言語沼』(2023年、バリューブックス・パブリッシング)などがある。