とことんリアリティを追求
さて、『源氏物語』を初めて読んだ時、おお!と思った一つは、源氏の晩年の正妻・女三の宮が柏木に犯されて密通することになるシーンです。
〝四月十余日ばかりのことなり〞(「若菜下」巻)
と、その日が明記されることで、これはただ事ではない、「事件です!」という感じが印象づけられたものです。
ほかにも、源氏の邸宅に冷泉帝と朱雀院が行幸するという最高の栄誉の日は、〝神無月の二十日あまりのほどに、六条院に行幸あり〞(「藤裏葉」巻)と明記されるなど、要所要所に日付が入ります。
もっとも、大事な事件があった時、何月何日と記すのは『うつほ物語』でも同様で、『源氏物語』が特別ではありません。
ただ、『源氏物語』は年立がかなり正確で、六条御息所や紫の上の年齢の矛盾など、乱れることもまれにあるものの、この当時の物語としては異常なくらい年表が作りやすいのです。
『源氏物語』は大河ドラマである
年立といえば、『源氏物語』は76年以上にわたる長編小説であるだけでなく、醍醐・村上天皇の御代を時代設定にしていることが音楽の研究から分かっています(山田孝雄『源氏物語の音楽』)。
「宇治十帖」には、紫式部と同時代に生きた源信をモデルにしていることが明らかな〝横川の僧都〞も登場している。醍醐・村上朝を起点に始まった『源氏物語』は、おしまい近くになって当時の「現代」に重なっているんです。
ここで『源氏物語』の構成について説明すると、大まかに言って3部に分かれています。
まず「桐壺」巻から「藤裏葉」巻までは、主人公の源氏が苦難を乗り越えながら、准太上天皇にまで出世し、一族が繁栄する様が描かれています。
そして「若菜上」巻から、源氏の死を暗示する巻名だけの「雲隠」巻までは、源氏の幸せに陰りが見える物語。
以上2部は「正編」とも呼ばれます。
さらに「匂宮」巻以降は源氏の子孫たちの物語となり、そのうち「橋姫」巻から最終巻の「夢浮橋」巻までは、宇治を舞台に展開することから「宇治十帖」と呼ばれています。
この長大な物語は、源氏の親世代から孫世代までの4代にわたるドラマが描かれているという意味で「大河ドラマ」と言えます。
しかも、源氏の父・桐壺帝は醍醐天皇をモデルにしており、源氏も複数のモデル説がある上、舞台となる地名や宮殿名もすべて実在するものです。
『源氏物語』は非常にリアリティを大切にしており、かつ「歴史的」なんです。
大河ドラマには「時代考証」が不可欠ですが、そういう意味でも、『源氏物語』は大河ドラマ的なのです。
写真・イラスト/shutterstock