大学教員は人工知能で代替可能か?

私のような大学教員も、うかうかしていられません。たとえば、講義で使うパワーポイントの資料なども、「マクロ経済学の授業15回分のパワポ資料を作って」とAIに頼めば、数分くらいでぱっと作ってくれるようになるでしょう。

その資料に沿って話す内容も、文章として作成してくれるはずです。そうしたら、教員が楽になっていいと思うかもしれませんが、仕事が楽になることと雇用が減ることは裏表の関係にあります。

たとえば、1科目あたりの負担が半分に減る代わりに、1人の教員が担当する科目が倍に増えて、その分教員の人数が半分に減らされるということになりかねないからです。実際には大量の解雇は起きないにしても、教員の新規採用が減らされる可能性があります。

さらに言えば、話したい内容のテキストデータと自分の顔写真があれば、AIを使って顔写真の口をパクパクさせ、自分のアバターにその文章をしゃべらせることもできます。

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図2-6の左は私の写真で、右はその写真を元に「D-ID」というサイトで作った「しゃべる動画」の画面イメージです。人物の画像とテキストをこのサイトにアップロードすれば、その人物がテキストの内容を話しているかのような動画を作ることができるのです。

この動画を見た知り合いが勘違いして、「井上さん、もうちょっと表情豊かに話す訓練をした方がいいよ」とアドバイスしてきました。口以外はそれほど動かないため、不自然だと感じたのでしょうが、AIが作ったものとまでは思わなかったくらいの出来栄えだということです。

そうした技術を全部組み合わせれば、講義の動画がほぼ自動で作れるため、「人間の教員はいなくてもいい」ということになりかねません。

ただし、これはあくまでも映像であるため、生身の教員が講義をするよりは臨場感に欠けるでしょう。それでも、教員の中には話すのが得意でない人が少なくないため、学生にとってはAIの作った映像の方がわかりやすいかもしれません。

そもそも、「ミクロ経済学」とか「マクロ経済学」といった決まりきった内容であれば、日本でもっとも説明がうまい人が動画を作り、それを学生に視聴してもらった方が、下手な講義を受けるよりも効率がいいでしょう。

しかし、教育現場は保守的であるため、生身の教員が教壇に立って講義を行うというこれまでのスタイルを、そう簡単に捨て去りはしないはずです。「AIの組み合わせで全部いける」、もしくは「優れた1つの動画を使いまわせばいい」と思っても、すぐには実行に移さないのです。

そのせいか、大学教員は私も含めてですが「自分たちは安泰だ」とあぐらをかいている人が少なくありません。しかしビジネスは競争が激しいので、どんどん新しい技術を導入して、人件費を削減しようとします。

それが必ずしもいいことだとは思いませんが、世の中がそうである以上、大学教員はもう少し世の中の厳しさを知った方がいいでしょう。大学教員はのほほんとしすぎです。自戒の念も込めて、そう申し上げておきたいです。

大学教員の仕事には、教育だけではなく研究もあります。このことを知らない学生が意外にも多く、「先生って夏休みは何をしているんですか?暇じゃないですか?」と聞かれることがあり、その度に苦笑しています。

研究とは、調査や分析を行って、その結果を論文や本にまとめて発表するという営みです。その際、自分のテーマに関連した論文を探してきて読む必要があるのですが、私にとってそれは面倒で苦手な作業です。

しかし、今ではChatGPTが「この論文を読めばいい」と教えてくれますし、英語の論文を日本語に訳すことも容易にできます。さらには、指定した字数で要約も可能で、なんなら論文の執筆自体すらChatGPTでできてしまいます。

2023年3月には、途中までChatGPTに書かせた論文が学術雑誌に掲載されています。それは、「チャットと不正行為」というタイトルのChatGPTに関する論文です。論文の審査員は、著者たちが論文の中でChatGPTに書かせたことを明かすまで、人間が書いた文章だと思い込んでいたようです。

理工系の研究では一般に、試験管に薬品を入れてかき混ぜるというような作業が必要なので、AIに論文を書かせるだけで研究が完結するわけではありません。それでも、文系では分野によっては、論文執筆のすべてをAIに任せることもできるでしょう。

学術論文に関して、1995年に「ソーカル事件」という事件が起きています。アメリカのアラン・ソーカルという物理学者が、自分で無内容だと思うような哲学系の論文をもっともらしく見えるように執筆し、学術雑誌に投稿したところ、論文審査を通ってしまったのです。

そんなふうに、上辺だけの適当な言葉を書き連ねて文章を作ることはAIの得意技と言ってもいいでしょう。AIの執筆した文系の論文が審査に通るような事案が、そろそろ起こってもおかしくないと思います。

これから生成AIに抹消されることになる職業が「デザイナー」「イラストレーター」「漫画家」「アニメーター」「作家」「脚本家」「作詞家」「作曲家」である理由_5

図2-7は、ChatGPTに「唯識と独我論の違い」というテーマで、哲学の短い論文を書かせたものです。これでも、ある程度内容がちゃんとしたものですが、もっと専門の論文を読み込ませて書かせれば、審査に通らないとも限りません。

とは言うものの、文系の研究はすべてAIに任せればいいと主張したいわけではもちろんありません。人間の研究者はAIにはできないような、意味のある成果を生み出していかなくてはならないのです。