宅間家、最初にして最後の慶事

守は中学生時代の学習ノートに〈灘高校生・灘・灘・灘・灘〉〈防衛省経理局経理課 宅間守〉と走り書きし、強烈な上昇志向を露わにしている。その夢を最初に打ち砕いたのが池田中への進学断念だった。このやり場のない挫折感を、暴力で発散したのだろうか。

その後、守は本意ではなかったが、兵庫県内の工業高校に進学した。小学生から高校2年生まで綴っていた「反省文」の記述。

〈合格した時は、とてもうれしかった。そして、野球部に入る事を決めた。(略)そして入学した1週間ほどたってから、野球部に入った。なんど入部して気づいた事は、練習のきつい事、僕はもうついていけなくなってやめた〉(原文ママ)

守の堪え性のない性格をよく表しているエピソードである。そして、高2で教師に暴行して退学となる。しかし、それが転機となり、守幼いころから憧れていた航空自衛隊に入隊した。宅間家、最初にして最後の慶事だった。

航空自衛隊時代の宅間守・元死刑囚
航空自衛隊時代の宅間守・元死刑囚
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「法事のときも守は制服で帰ってきてな。鼻の穴を膨らませてたわ」

守の実父であるAさんは、このときは顔をほころばせて語った。

だが親の心、子知らず。家出少女を隊の寮に連れ込んだことが発覚し、入隊からわずか1年半で除隊となった。

その後、不動産屋に就職した守はあろうことか、自社管理のマンションに住む女性の部屋に侵入、強姦し、懲役3年の実刑判決を受けている。1990年には、金も払わずホテトル嬢とセックスし、ヤクザに追い込みをかけられた。伊丹空港滑走路に逃げ込んだ守は、航空法違反で検挙されるという。情けない珍事を起こしている。性犯罪は枚挙にいとまがない。

〈I am playing SEX 〉〈I was playing SEX in the room yesterday〉

学習ノートには、性への強い衝動が綴られていた。守は逮捕後、精神科医にこう語っている。

〈中2のとき、女の子の弁当のなかに唾を掛けた。可愛い女の子の弁当のミニハンバーグに精液をかけて、食べるのを見とった。自分の唾とか精液を食わしとる、という自己満足があった〉