国歌斉唱で全員が
口を閉ざして歌唱を拒否
FIFAは、準々決勝以降に予定していた〈No Discrimination(差別反対)〉キャンペーンの腕章を、グループステージから着用できるように前倒しした。イングランド主将は、初戦のイラン戦で〈One Love〉腕章のかわりにこれを着用。一方で、選手たちはキックオフ前にピッチに片膝をつくジェスチャーで、差別反対の意思を示した。
何度も紹介したとおり、このピッチに片膝をつくしぐさは、NFLのコリン・キャパニックが2016年の試合前に行なったことで知られるようになった。
キャパニックがこのジェスチャーを行なったときは、当時の大統領ドナルド・トランプが「スポーツに政治を持ち込む言語道断な所業」と口を極めて非難し、大統領の支持者たちもその非難に賛同してキャパニックを責めた。だが、そのしぐさはやがて差別反対の象徴となり、東京オリンピックやカタールのサッカーワールドカップが開催された時期には、すでに「政治的」に強烈なジェスチャーと見なされなくなっている事実は興味深い。
イングランド代表たちがピッチに片膝をついたこの試合では、さらに強烈な「政治的ジェスチャー」があった。
それは、イングランドと対戦したイラン代表の選手たちの行動だ。彼らは、試合前の国歌斉唱で全員が口を閉ざして歌唱を拒否し、国内で広がる反政府運動に連帯する意思を示した。BBCによると、イラン国営放送の中継はこの国歌斉唱部分をカットして別の映像に切り替えたという(ちなみに、イラン代表選手たちはその後の試合では国歌を斉唱している)。
いずれにせよ、このカタール大会は過去になくさまざまな「政治的」イシューに大きな注目が集まった大会だったことは間違いないだろう。
日本サッカー協会からの回答
ここまでに紹介してきた各種の情報は、その気になってウェブサイトを少し検索すれば誰でも簡単にたどり着けるものばかりだ。だが、日本のメディアでは、特に大会の開催前にはこれらのニュースはあまり大きく報じられることがなかったようだ。
たとえば全国紙や地上波のテレビ放送では、せいぜいが外電の紹介として小さく紹介される程度で、スポーツニュースの枠内でこの問題に真っ正面から切り込んだ記事や企画はなかったように思う。テレビのスポーツコーナーや新聞のスポーツ面は、いずれも日本代表に対する期待や大会前の仕上がりに関するレポートに終始した。
もちろんそれらの情報は、彼らを応援するファンにとっては重要で貴重なニュースだ。
だが、カタール大会が近づくにつれて世界的に大きな注目が集まっていた多様性の支持や差別反対という課題について、日本のサッカー界や選手たちははたしてどんなふうに考えているのか、ということは日本のニュースからいっさい見えてこなかったし、聞こえてもこなかった。彼らは欧州のチームや選手たちと何らかのかたちで連帯の意思を示そうとしているのか、あるいはそのような「政治的」イシューには立ち入らず、距離を保つのか。
後に、日本サッカー協会会長の田嶋幸三氏が、11月22日に現地の日本取材陣の質問に対して、「今はサッカーに集中するとき」という旨の発言を行なったことが一斉に報じられたことで、日本代表の姿勢は明らかになった。だが、大会開催が近づく初秋の段階では、このあたりの情報はよくわからないままで、まったく判然としなかった。