私は、つまらないことをしているのだろうか。

さて、ユーさんです。このモグラのおじさんは自分の行動に対して、つまるとかつまらないとかの判断を下したことがありませんでした。価値観の定規というものをいっさい持たずにこれまで生きてきたのです。

物心ついた頃から、ユーさんは土を掘り続けてきました。なんのために掘るのか、なんて考えたこともありません。掘らなければ食事にありつけないのですから、食べるため、生きていくためだと解釈することはできます。

でも、それよりもなによりも、ご先祖様から受け継いだトンネルが目の前にある以上、体が反応してしまうのです。前方が土でふさがっていれば、手は勝手に動きます。巣から子どもたちが出ていったあとも、ユーさんは土掘りを休んだことがありませんでした。

「つまんねえって……失礼じゃないか。だれだ?」

闇に向かって、ユーさんは抗議の声をあげました。トンネルのなかですから、「だれだ?だれだ?だれだ?」とその声はこだまします。しかし、だれからも、どこからも返事はありませんでした。それがいっそうユーさんをみじめな気分にさせました。

もしも土を掘り続けることに疑問を持ったモグラがいたとしたら…ドリアン助川が描く「モグラの限界状況」_2

私は、つまらないことをしているのだろうか。ユーさんは、シャベルにしか見えない手をそっと胸に当てました。土くれがぽろぽろと足下に落ちていきます。

あらためて考えてみれば、土を掘るという行為自体にはなんのおかしみもないとユーさんは思いました。掘りながら笑ったことは一度もありません。それでも、闇のなかでずっと掘り続けてきたのです。つまらないと言われてしまえば、本当につまらない人生、というかモグラ生だったのです。しかもモグラである以上、今後もずっと掘り続けるのでしょう。

ユーさんは、自分の体がいきなり重くなったように感じました。まるで、黄鉄鉱を含む岩のようです。立っていられなくなって、へなへなと座りこんでしまいました。

つまらないことをしている私は、つまらないモグラなのだろうか。もしつまらないモグラなのだとしたら、生きている意味があるのだろうか。

考えても、答えは出てきません。今日はもう土を掘るのをやめて、巣に戻ろうとユーさんは思いました。子どもたちが巣立ったあと、口をきくこともなくなった奥さんが待っているだけですが、それでもトンネルでうめいているよりはましだろうと思ったのです。ユーさんは重い体を引きずるようにして、暗い迷路を引き返しました。すると、分岐するトンネルの奥がぼんやりと明るくなっていることに気づきました。カリカリとものを擦るような音も聞こえてきます。

はて、なんだろう? ユーさんは吸い寄せられるようにして、そちらへ近づいていきました。どうやら、木の根に沿ってだれかの巣があるようなのです。明るさの正体は、根と地面のわずかな隙間からこぼれ落ちている陽光でした。その光のなかに、頭頂部が薄毛となった一匹のモグラが浮かびあがりました。彼はシャベルの手で鉄クギを握り、木の根にカリカリとなにか書きつけているところでした。