「人権問題」「人権教育」について熱い思いを語っていたのに…
記者も、裁判の証拠として提出された“手帳の中身”を裁判資料にて確認したが、目を疑うようなメモが記載されていた。以下がその一部分だ。(※一部改変済み)
① B子(妻) C子(不倫相手) D子(不倫相手)
人間 3 2 1
音楽・演 3 2 2
えっち 3 2 2
料理 3 2 2
かお 2 1 3
スタイル 2 1 3
②
B子…妻、ラブラブ、えっちする、音楽仲間
C子…1号、ラブラブ、えっちする、演劇仲間
D子…2号、10年め
E子…3号、オフィスラブ
③
× C子 H5人(経験人数) 6人め
× D子 つきあい5人(経験人数) 6人め
→このくやしさは2マタで
B子 おれだけ♥(経験人数)
→きつい、だらしない
→このかりはうわきで
「不倫相手のみならず、妻のB子さんまでも『点数付け』するいっぽうで、Aは自身の手帳に、『帰ったらきれいな妻、かわいい娘2人、おいしい料理』『県内でこれだけすごい家族で、彼女もいて、体内年齢27歳のやついない』などと、不倫している自分を自画自賛する記述を複数していました」(同)
市民を巻き込む前代未聞の“騒動”を起こした“不倫男”のAは、三重県津市出身。関西の教育系大学を卒業したのち、津市内の公立小学校に勤めるようになったというが、今回の不倫騒動が発覚するまでは、周囲からは「いい先生」という印象しか持たれなかったという。
「Aは細身のスラっとした体型をしていますが、気弱そうな雰囲気で、別に女性にモテるような見た目でもないし、チャラい感じでもありません。若いころから『人権教育』に特に力を入れていて、周りからはかなり尊敬されていました」(同)
Aは、たびたび妻のB子に「人権問題」「人権教育」について熱い思いを語っていたというが、そのいっぽうで、芸術活動にも力を入れていたという。
「教員という仕事のかたわら、バンドや劇団にも所属していました。私が初めてAと会った場所もライブハウスで、そのときはB子さんと一緒に80年代のロックバンドの曲を演奏してましたね。市内の劇団にも所属していて、何度か主役をつとめたこともあると聞いていました」(同)