本当の自分は玉ねぎのように剥いても剥いても出てこない

――私小説の『つんドル』を書き、自分の中にあるものをフィクションで表現した『シナプス』を書き、それに対して受ける評価が自分が伝えたかったことと違ったりしませんでしたか?

それは、以前に比べると落ち着いて聞けるようになりました。作家になって急に環境が変わったとき、メンタルクリニックの先生に、「私は、未だに本当の自分はわかりません。でも生きやすくはなりました」というお話をしたことがあって。そのときに先生から、「大木さん、本当の自分ってね、玉ねぎの皮みたいに、剥いても剥いても出てこないんですよ」と言われたんですね。

あと、「これから悩み事に直面したときは、頭の中で大きな円を想像してください」とアドバイスされました。いまは過酷な状況にあっても、それは夢が叶って幸せになるという大きな円の一部でしかない。だから、動じることはない」、と。それから、心に波風が立つことが減りました。

「私の過去は一生、成仏しない。元アイドルという業を背負って書き続ける」人生に詰んだ過去から立ち上がった大木亜希子の作家道_2

私の過去は一生成仏しない

――『シナプス』を出されたとき、大木さんは書くことで過去の自分に落とし前をつけていると話していて。今回の映画化でも、この作品を観てがんばろうと思える人がいれば、あの頃の自分が成仏するとコメントされていましたが、過去を成仏させる作業は一区切りついたのでしょうか?

それがですね……私という人間の過去は一生、成仏しないようです(笑)。小説『シナプス』で、アラサー女性の心を描けたはずなのに、まだ怨念は消えていません。一生、この業を背負って生きていくのだと思います(笑)。

本当に悩んでいるときって、誰にも相談できなくなると思うんです。だから「今は人に相談できないぐらい迷いの森にいるかもしれないけど、いつか抜けられるよ」って、悩んでいる人に伝えられるような作品になっているといいです。

同時に書く上で意識しているのは、かっこつけないで自分をさらけ出すこと。女性の生きづらさはいくつになっても消えないと思いますし、一生抱えていくテーマですね

アイドルの厳しい世界を見てきた私だから書ける作品がある

――元アイドルの作家として、自分だけの道を行くということですね。

芸能界という、自尊心を簡単にへし折られてしまうような環境にいたことが、私の作家としてのベースにあります。『つんドル』を書いた頃は、こんな自分が「作家」と名乗るのはおこがましいと思っていたんですけど、今は、アイドルとして女の子の厳しい世界を見てきた私だからこそ書ける作品があると思っています。だから、その世界を見ることができてよかったです。あ、今、過去がひとつ、成仏しました(笑)。

「私の過去は一生、成仏しない。元アイドルという業を背負って書き続ける」人生に詰んだ過去から立ち上がった大木亜希子の作家道_3

――以前、元アイドルの作家に対する厳しい視線もあるとおっしゃっていましたが、作家としてキャリアを歩んできて、今、そういう批判の受け取り方は変わってきましたか?

最初はめちゃくちゃ嫌で、「それを言われたら元アイドルは何もできないだろう」って思ってました。その気持ちを整理するつもりで、『アイドル、やめました。AKB48のセカンドキャリア』(宝島社)という本を書いてしまったぐらい、腹が立っていたんですね。だけど、腹が立っているということは、自分がそういう人たちの意見に同調しているからだということにも気付きました。

当時、「元アイドル」という言葉や、私自身のメディアでの発言が議論を呼んでしまったこともあったんですけど、今は、厳しいことを言う人たちにも面白いと思ってもらえるような作品を書けばいいんだと思っています。

34歳の今、アラサーのドロドロから脱した

――『つんドル』映画化のタイミングで、当時を振り返って見出した答えはありますか?

当時はすべて心の問題だと思っていたんですけど、今はフィジカルの問題もあったのかなと思います。今回の映画の中にも、当時のアキコの不摂生な暮らしぶりが描かれているのですが、いくら空腹でもカマンベールチーズを一気食いなんかしたら体に負担がかかるし、風呂なしアパートで、毎日、シャワーですませていたら体もむくむし……自分の体にもっと優しくしてあげればよかったと今は思います。

今、映画の安希子のような渦中にいる人には、まず「しっかり休んでね」と言いたいです。あったかいお風呂に浸かり、ふかふかの布団にもぐって、会社を休んでもいいから、8時間寝ましょうよ、と。自炊して、緑黄色野菜のうち今日は緑だけでも、赤だけでもいいから食べてくださいと、そういう気持ちですね。


――なんだか、お母さんみたいですね(笑)。

(笑)。『つんドル』の取材で当時のドロドロとした心境についてお話する機会も多いですけど、先日、34歳の誕生日を迎えて、今そのドロドロから一歩脱したなって感じています。時々落ち込んだりもしますが、それらも小説の糧にして、人の心を癒せるような作品を丁寧に紡いでいくつもりでいます。

#1はこちら

#1 56歳の“赤の他人のおっさん(56)”と同じ家で暮らした記録を私小説にした大木亜希子が本当に伝えたかったこと。「アラサー女子を救済するコンテンツを書きたかった」

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取材・文/川辺美希 撮影/Keiko Hamada

映画『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』
2023年11月3日全国ロードショー

深川麻衣 松浦りょう 柳ゆり菜 猪塚健太/井浦新
原作:大木亜希子「人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした」(祥伝社刊)
主題歌:ねぐせ。「サンデイモーニング」  音楽:Babi 脚本:坪田文 監督:穐山茉由
@映画「つんドル」製作委員会

「私の過去は一生、成仏しない。元アイドルという業を背負って書き続ける」人生に詰んだ過去から立ち上がった大木亜希子の作家道_5