ヘビーなテーマをポップに描いた戦略の妙

『バービー』の上映禁止、ネットミーム炎上、バービー人形燃やし騒動…世界中でアンチ旋風が吹き荒れたのに全世界興行収入約12億ドル達成ヒットのナゼ_7
©2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

家父長制度の弊害やジェンダー隔絶といったヘビーなテーマを盛り込んではいるが、押しつけがましくも説教臭くもない語り口が、ガーウィグ監督と共同脚本家(兼実生活のパートナー)ノア・バームバックの腕の見せどころだ。

現実社会で女性や母親が体験する苦労や女性差別を、サーシャの母親グロリア(アメリカ・フェレーラ)が激白するシーンも、ユーモアを交えながらシニカルなジョークとして描き、最初から最後まで遊び心たっぷりなトーンを崩すことなく物語が進んでいく。

マーゴット・ロビーが演じるバービーの素敵ファッションや、パステルカラーに彩られたセットデザインにうっとりと見とれつつも、ガーウィグ監督が効果的に盛り込んだフェミニズム的メッセージが、しっかりと観客の心に刺さるに違いない。いや、そう願いたい。

『レディ・バード』(2017)や『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(2019)で実力を発揮したガーウィグ監督は、インディーズ映画の流派マンブルコア作品※で注目された映画人だ。

※若い白人中流階級の日常や身近な人間関係をテーマにし、低予算で製作されたアメリカのインディペンデント映画のこと。

そんな彼女がコマーシャリズムの代名詞のようなバービー人形の映画を作るなんて、魂を売ったのかと勘繰る向きもあったかもしれない。しかし、本作を見れば彼女が、自身の芸術性と独創性を貫いているのは明白だ。

企業としてのマテル社を茶化しながらも、バービー人形をリスペクトする真摯さが伝わってくる。エピローグではペタンコのサンダルを履いたバービーがある重大決意をするのだが、マテル社がその展開にOKを出したのも、彼女のバービー愛を認めたからだろう。バービーが体現する理想主義とインディ映画の独創性を見事に融合させたガーウィグ監督。彼女が生んだ物語は奇跡的で、何度でも味わいたくなる。

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とはいえ、1点だけ納得がいかなかったことを記しておきたい。男性優位な憲法改正を阻止した後、バービーとケンは和解。そして再びアイデンティティを失ったケンはなんと、「Kenough(ケナフ=Kenとenough:十分の造語で、今のケンのままで満足の意)」と書かれたセーター姿で微笑むのだ。

女性のメタファーであるケンがこれでいいのか? よくないでしょう。ガーウィグ監督は、ケンにもアイデンティティを見つけてあげるべきだったと思うのだ。


文/山縣みどり

『バービー』(2023)Barbie 上映時間:1時間54分/アメリカ

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完璧でハッピーな毎日が続く夢のようなバービーランドで暮らすバービー(マーゴット・ロビー)とケン(ライアン・ゴズリング)が、ある日、完璧とはほと遠いリアルワールド(人間世界)に迷いこみ、本当に大切なものを見つけるファンタジー。メガホンを取るのは、『レディ・バード』や『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』のグレタ・ガーウィグ監督。

8月11日(金)より全国公開中
配給:ワーナー・ブラザース映画
公式サイト: barbie-movie.jp
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