研究や論文を完成させることに勝る快感はない

「ん……」

シェリーさんはかなり時間をかけて考えた。これまで、この件について考えたことがなかったようだ。

「感覚かなぁ……。学歴よりも話が合うかどうか……」
ということは、そんじょそこらの庶民男性では、とても釣り合いそうもない。
「たぶんね」

(やっぱり……)と、私はため息をついていた。

話が合うということはシェリーさんと同等、またはそれ以上の賢い人を望んでいるのだ。感情で動きやすいタイプの人は、惹かれてしまったら条件など大したことではなくなってしまう。ところがシェリーさんのような一目惚れなど絶対しないタイプの人は、まず条件の最低ラインを決め、それに満たない人はふるいにかけるまでもなく落としていく。恋をして夢中になるという、ステキかつ厄介で幸せでもあり寂しくもあり……といった経験をしたことがないのだ。

それはもったいないと私なら思うが、シェリーさんにとっては、恋人や恋愛よりも研究や勉強のほうが、よっぽど面白いということなのだ。

「いや、時間ないんで。性的欲求なんかもないですしね」。恋愛よりも勉強の方が楽しいと言い切る35歳・大人処女のリアルな欲望_4
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「楽しいですね。研究のほうに興味が行っちゃってる。勉強するの、大好きだから。とにかく私、ずーっと忙しいんです。いつもやることがいっぱい」

とはいえ、忙しくても興味がなくても、性的欲求というのは別モノかもしれない。頭と体が別の欲求をすることだってありえる。シェリーさんの体は、性的欲求というものを起こすのだろうか。

「いや、時間ないんで。性的欲求なんかもないですしね」

と、シェリーさんは、すこし高い声を上げて笑った。無理しているようには思えなかった。肉体的快感の経験も求めていないとすると……。私はシェリーさんにとっての快感を勝手に探していた。そして見つかった。いい研究結果が出た時ではないか──それがシェリーさんにとっての喜びでありエクスタシーなのではないのか。私がそれをシェリーさんに告げると、

「快感かなぁ……? でも、とても楽しいです。研究をやり遂げたという達成感があります。だから毎日、原稿を書くか、本を読むか、インタビューで誰かに会うかを続けられるんです」

小さな顔にピンク色が加わったように、私には見えた。忙しい忙しいとシェリーさんは言うが、研究のために相当な努力と勉強を重ねているのだ。だからこそ論文が完成したり、研究結果が出た時、満足感が得られる。それは、苦しく厳しい練習を重ねて試合で勝った時のアスリートの気持ちと似ているかもしれない。

つまり研究や論文を完成させたその瞬間に、快感の頂点に登りつめることができるのだ。となれば、この快感に勝つ男性を見つけるのは、相当難しそうだ。

「うん」
シェリーさんは、他人事のように軽く言った。
「でも、別にいなくても」

その言い方は、小気味良いほどさっぱりしていた。これまで人を好きになって恋愛したことは、「そんな時間はない」ので一度もなかったそうだ。このままいくと、男性経験だけでなく結婚もしないで、研究を一生続けていきそうな予感がする。するとシェリーさんが、

「結婚制度は反対です。私は結婚しないかもしれない」

はっきりとした口調で主張した。

3へつづく

#1 【35歳大人処女のリアル】なぜ聡明でキュートな才女は30歳を過ぎても処女でいることを選択したのか?
#3 【35歳・大人処女】大好きな木村拓哉がアプローチしてきたとしてもNo! 「まずは友達としてご飯」「顔いいね、くらい。景色と一緒。そんなもん」

文/家田荘子

『大人処女ーー彼女たちの選択には理由がある』(祥伝社)
家田荘子
「いや、時間ないんで。性的欲求なんかもないですしね」。恋愛よりも勉強の方が楽しいと言い切る35歳・大人処女のリアルな欲望_5
2023年8月1日
1,056円
272ページ
ISBN:978-4-396-11685-9
9者9様のドラマ
不倫、少女売春、風俗、高齢者の性など光の当たっていない世界を取材してきた著者は、池袋の淫靡な雰囲気が漂うバーで、男性経験のない清楚な女性従業員・梓さん(仮名、28歳)に出逢う。5年後、19歳年上のイラン人男性と結婚した彼女と再会し話を聞くと、結婚前も結婚後も夫と肉体関係はないと言う(夫以外ともない)。30歳を過ぎて性経験がない女性、大人処女。彼女たちは、なぜそれを選択したのか。著者は、梓さんを含む9人に寄り添うように取材、すこしずつ聞き出していく。そこには、9者9様のドラマがあった。さまざまな価値観と生き方を伝えるノンフィクション。
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