一方で、『暦象新書』の最後(下編巻之下)に所載されている「混沌分判図説」が面白い。これはケールの原本にはないもので、志筑忠雄のオリジナルな所論がそのまま提示されている。
宇宙の構造は永遠のものではなく、始まりがあり、時間とともに形が変化していくという見地から、具体的には、何ら実体がない「混沌」の状態から、恒星や惑星や衛星や隕石など諸々の天体に「分判」する(分かれていく、分裂する)過程の試論を提示しているのだ。いわば天体進化論・宇宙の構造形成論の試みと言える。

この課題は、まさに現在の宇宙論で議論している、ビッグバン後の宇宙における銀河や初代の星形成の問題と基本的に同じである。志筑は太陽系の形成の問題を純粋な力学概念だけで説明しようとしたと言ってよいだろう。
これは生成・進化する宇宙観を提示しようとしたという意味で、カント・ラプラスに匹敵する先進的な業績と言える。
というのは、カントの星雲説(太陽系を作った星雲は、初めはゆっくり回転するガスの塊なのだが、収縮するとともに回転を速めつつ、中心の太陽と周囲の惑星を形成していく過程を論じた世界最初の太陽系形成のモデル)は1755年、それをより精密にしたラプラスのモデルが1796年であるのに対して、志筑が太陽系形成論に関する「混沌分判図説」を構想したのは1793年のようで、ラプラスより早いのである。しかも完全に独立した独自のアイデアに基づいているからだ。
むろん、志筑のニュートン力学全般の把握には限界があり(例えば、角運動量保存則を知らなかった)、カント・ラプラス説に比べれば不十分なところが見受けられるが、科学的土壌が希薄な日本であるにもかかわらず、ここまで考察を深めた内容を提示できたことは称賛に値するのではないだろうか。
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