班目教授はにこりと笑って、続けた。

「プレゼンの構成は良くなったが、まだ満点ではない」
「満点じゃないんですか」

私は一転して、悲しそうに言った。

「まず言葉の問題。『信頼性』は『大きい』とは言わない。『信頼性が高い』と言えば正しい。なんでも『大きい』または『小さい』で表現してしまう人もいるが、あれは乱暴だ。他にも表現を間違えやすい形容詞がたくさんある」

信頼性:大きい・小さい(誤)→高い・低い(正)
距離・長さ:大きい・小さい(誤)→長い・短い(正)
温度:熱い・冷たい(誤)→高い・低い(正)

「日本語とは不思議な言葉で、形容詞が多少間違っても、なんとなくニュアンスが伝わってしまう。でも科学の世界では、間違った文章のままでは意味が通じない。なぜなら形容詞は測定方法と関係があるからだ。距離は長さでしか測れないし、温度は高さでしか測れない。形容詞の表現を間違うと、実験の方法が正しく伝わらないのだ」
「……たしかに、温度が熱いって、日常会話では口にしてしまいますが、温度は数字で表されるものなので、熱い冷たいではおかしいですね」

『信頼性が大きい』『温度が熱い』…この間違いに気づけないあなたのプレゼンが信用されない理由とは_2

その主張には「適切なエビデンス」があるか?

「あとは、具体性や科学的な根拠が弱い。例えば『ここ直近の動向を調査した結果』と言ったが、誰に聞いたどんな調査なのか? 調査方法は合っているのか? もし私がエアコンのセールスマンだったとして、近年の日本家屋の室内の温度上昇を示すのに、北極の氷山の面積が減ってシロクマが困っている話をしても説得力がないだろう。日本家屋の温度と氷山の面積は、直接的に関係がないし、指標も部屋の『温度』と氷山の『面積』では異なる」

私は手元のメモを慌てて見なおした。

「動向を調査した結果というのは、F1層がスキンケア購入時に重視することは何か、という調査です。発信したのはC Channelという企業です」

私は、長谷川先輩の資料に書かれていた情報元を、そのまま読み上げた。

「ちゃんとメモを取っていたのはよろしい。貴君のプレゼン資料の中に明記されていれば、もっとよろしい。このように、その情報がどこから来たのかを示すことを『出典を示す』などと言う。学術論文の場合は『参考文献』と呼ぶ。これらの根拠が示されていることで、プレゼンに説得力がもたらされるのだ」

そうなんだ。単純に「こんなことが書かれていました」だけでは、証拠にならない。それなら、私がでっち上げることだってできる。出典を示すことで、「ちゃんとした調査に基づく話です。疑うのならば出典を調べてみてください!」と、胸を張って言うことができる。長谷川先輩のプレゼンは、それらができていたから、説得力が感じられたのだ。