まずは出口若武六段だ。2019年4月にデビューした27歳の若手棋士は、4月下旬から始まる叡王戦の五番勝負の挑戦者になった。同じ関西所属で藤井とは5局の対戦があり、1勝4敗だ。ただ、この唯一の勝利が直近の対局なのは頼もしい。

出口は攻め将棋だ。その強烈な突破力で藤井の壁を貫くことができるか。出口はまだキャリアも浅く、それゆえの不安定さはもちろんあるのだが、何かが起こるのではないかという期待感もある。あまりに未知すぎるがゆえに想像力をかき立てられるのだ。

もう一人は永瀬拓矢王座だ。長らく将棋界は「四強」と呼ばれており、永瀬はその一角を形成していたが、藤井とのタイトル戦の機会はなかった。だが4月25日に行われた棋聖戦挑戦者決定戦で渡辺明名人に勝利し、ついに藤井と大舞台で相まみえることになった。

永瀬と藤井は以前から練習将棋を指す間柄で、永瀬が藤井に対して尊敬の念を寄せていることは有名である。対戦成績は藤井の7勝3敗だが、直近の2局は永瀬が制していることは好材料だ。挑戦を決めた後のインタビューで永瀬は「厳しい戦いになる」と率直に語っている。藤井を最もよく知るからこその言葉で、それゆえに小細工が通用しないこともよくわかっている。その瞬間で、最も勝てる確率が高い作戦を真正面から全力でぶつけてくることは間違いなく、そのストレート球にどれだけの上積みを乗せられるかの勝負だ。

誰が藤井を倒すのか――。

タイトル戦でいまだ負けなしの藤井だが、まだかろうじてその想像をすることはできる。そしてその余白こそが、我々を熱くするのだ。

藤井聡太が魅せる「将棋の可能性」

それにしてもいまの将棋ファンは幸福だと心から思う。
藤井が八冠を目指すこの瞬間を、リアルタイムで目撃できるのだから。藤井クラスの棋士はめったに出てこない。将棋界で過去、最高の実績を残してきた羽生善治が七冠を達成したのは1996年。四半世紀も前のことになる。今後、こういう状況が訪れるのはいつなのかはわからない。訪れない可能性だってゼロではない。

考察は終え、あとは盤面を凝視したい。叡王戦、棋聖戦ではどんな戦いが見られるのだろう。

「なんてすごいんだ」「なんて強いんだ」

藤井聡太は我々に感嘆をもたらすが、それだけではない。藤井将棋を集中して見ていると、自分の感覚が鋭敏になった気がすることがしばしばある。陶酔だけではなく、覚醒を促されるのだ。

将棋の可能性をブーストさせる棋士。それが藤井聡太なのである。

画像:共同通信