一方で久美子さんには、余裕がなかった。
「移住して最初のころは、土日に夫が休みでないので、慣れない環境の中、娘と二人でずっと家にいるのがストレスで、悩んでいました。でも数カ月が過ぎ、町のイベントに参加したり、子どもが増えていく中で、休日にお父さんがいなくても、周りの大人達の誰かしらが子ども達と遊んでくれたりして、だんだん余裕ができてきました。休みの日は家族だけで過ごさなきゃ、という既成概念に縛られなくなったというか」(久美子さん)
そんな久美子さんに、東京での暮らしが恋しくなることはないか、聞いてみた。
「コロナ禍で実家に容易に帰れなかった時は、両親のことが心配になりましたが、それ以外はないですね。東京とは比較にならない豊かな暮らしがここにあるので、逆に今、年に一度静岡と東京に帰省すると、人の多さに疲れます(笑)。
移住してもうすぐ10年ですが、濃厚すぎる10年で、今では出身地よりも地元みたいに感じます。子ども達にとってここを『地元』『第二のふるさと』にしてあげられたのはすごくよかった。大森町には保育園と小学校が一つずつあるだけなので、将来は別の地域に進学することもあると思います。でも、居心地のいいこの場所をふるさととして位置付けられたのはよかったです」
大森町の地域再生、町ぐるみの子育ての取り組みはNHKの番組で紹介されていることもあり、それを見た高校時代の同級生複数から、拓郎さんは「おまえいい所に住んでるなぁ」と言われ、自分も移住したいという希望を聞かされたそうだ。
拓郎さんから最後に、移住へのアドバイスをもらった。
「1回は事前に現地に足を運んで、町の雰囲気を見て、空気を吸ってみるのがいいです。僕は会長に異動を言われた時点で、ここでの暮らしがイメージできましたが、そうでない人ももちろんいるでしょう。実際、当社でも就職したものの、辞めていった人もいますから」