撮影中に発生した戦後最大級のテロリズム
――この映画に通底するテーマとして、「選挙と民主主義」があると思います。しかし選挙の密着中に「安倍元首相銃撃事件」が発生し、街宣も含めた選挙での「対話」に危機が訪れ、映画の空気も一気に変わります。
P あの(演説中に狙撃されたという)一報を聞いた瞬間に、「これからの選挙制度はどうなるんだ」というモードになりましたね。実際に街宣の中止を表明した陣営もあったし、「選挙の危機」「民主主義の危機」を、実感として受け止めざるを得なかった。
D どんな偉い人でも、オープンな場に出てきて、演説したり質問に答えるのが、日本の選挙なんですよね。でも、それが今後は警備や安全の名のもとになくなっていく可能性がある。そして、そういう事態になったときに、それが何に繋がるのかという危惧を強く感じたし、その「空気」を映像に収められたと思います。
P これもぜひ思い起こして頂きたいんですが、安倍さんが銃撃された直後に、もうSNSでは「犯人は普段から『アベガー』と言ってるやつに感化されたんだ」という反応が出てきて。
――そういった声を代表するようなツイートは、劇中でも名指しで取り上げられていますね。
D 実際、あの時点では動機が不明だったから、「アベガーのせいだ」みたいな意見を発信する人に対して、その動機によってはある種の正当性を与えてしまう可能性もあった。
P ただ、もし容疑者が安倍さんの政治スタンスに反対する側だったとしても、これまでに色んな場所で発信されてきた安倍さんに対する批判的な言説は、すべて「悪口」だったのか、ということなんですよね。
――批評や批判と、悪口は全く違うものですからね。
P 僕らは批判とか論評は絶対に必要だと思っているけど、そういう言説まですべて「悪口」という形で切り取られるとなると、こんなに怖いことはないと思うし、そういう言論状況が訪れてしまう可能性が強くなることに、ゾッとしました。
D それが政治状況にはどんな影響を与えるんだろうと。「これから政治のことを語ると、もっと怒られるようになるのか」みたいな危機感は強くなったし、これ幸いとばかりに批評する側の声を潰しにかかる勢力、政治のことは話すなという同調圧力は強くなるだろうなというのは、すぐに感じたことで。
P その状況では民主主義は絶対うまくいかんだろう、と。映画も批評よりもファンブックが好まれるように、批評や論評を避ける空気というのは、政治だけじゃなくて、本当に多くのジャンルで行われがちになっていると思う。でも、批評論評するっていう行為は、単純にすごく面白いと思うし、僕らは大事なことだと思っているんですよね。それは民主主義にとっても。