満席の映画館で『千と千尋の神隠し』を
立ち見した「原体験」

鮮烈な初連載を飾った『ファイアパンチ』、傑作読み切り『ルックバック』『さよなら絵梨』、そして現在は「少年ジャンプ+」にて『チェンソーマン』第二部が絶賛連載中の鬼才・藤本タツキ。藤本と言えば、SNS上等でたびたび言及される「映画愛」が印象的だ。中でも、スタジオジブリ作品には特に思い入れがあるようで、藤本ファンの間では有名な話になっている。

そこで本インタビューでは、『スタジオジブリ物語』(鈴木敏夫・責任編集)の刊行を記念して、はじめてまとまった形で「ジブリ」について、1時間ぶっ通しで語ってもらった。満席の映画館で『千と千尋の神隠し』を立ち見した「原体験」の個人史から始まり、『もののけ姫』の分析や宮﨑駿監督への想い、そして自身の創作術まで、藤本タツキのエッセンスが垣間見えるインタビューを一万字の大ボリュームでお届けする。

満席の映画館で『千と千尋の神隠し』を立ち見した「原体験」

――藤本さんのスタジオジブリ原体験はどの作品でしたか?

藤本タツキ(以下藤本) 初めて観たのはテレビで、何の作品だったかはちょっと覚えてないんですけど、映画館で初めて観たのは『千と千尋の神隠し』(以下、『千と千尋』)でした。客席がぜんぶ埋まっていて、立って観たのを覚えてます。

――『千と千尋』公開当時の2001年って、定員入れ替え制のシネコンが広がり始めた頃ですもんね。

藤本 映画の立ち見は後にも先にも『千と千尋』だけだったので、すごく印象に残っています。子どもの頃だから、細かい部分でどこに感動したのかとかは記憶にないんですけど、「すごいものを観た」「おもしろかった」と感じたのは覚えています。今でも一番観返しているジブリ作品は『千と千尋』なので、やっぱり、それくらい記憶に残っているんでしょうね。

ちなみにジブリはドキュメンタリー作品も充実しているんですけど、その中では『ポニョはこうして生まれた。 ~宮崎駿の思考過程~』という12時間の作品が一番好きですね。その次が『「もののけ姫」はこうして生まれた』。元ピクサーのジョン・ラセターについての『ラセターさん、ありがとう』も好きです。

――ドキュメンタリーの順位付けもされているとは、さすがですね。「ジブリはアニメ本編以上にドキュメンタリーがおもしろい」っていう意見もたまに耳にしますよね。

藤本 まぁ、それはうがった目で見ている人だと思いますけど(笑)。ただ、ジブリはドキュメンタリーもおもしろいというのは間違いないですね。

――藤本さんが選ぶジブリのベスト作品は『もののけ姫』とのことですが、どんなところが刺さったのでしょうか。

藤本 僕は(マンガの)原稿をやっているときにジブリ作品に限らず、いろんな映画をずっと流しているので、ほんとに誇張なしで『もののけ姫』を数百回と観てるんですよ。だから正直「記憶に残っているシーン」みたいなのを話すのってすごく難しくて……。

――映画の全編が血肉になりすぎている、と。

林士平(※藤本タツキの担当編集者。以下、林) 原稿作業中に、何度も観ている映画を流す作家さんはすごく多いんですよね。もちろん、バラエティ番組やニュース番組、他には音楽を流している方もいますけど、映画の中でもジブリ作品を流している作家さんはとくに多い印象があります。

――そう考えると、ジブリ作品が世のマンガ家に与えている影響は凄そうですね。藤本さんは一時期Twitterアカウントをご本人名義で運営されていましたが、そのIDが「@ashitaka_eva.」でしたよね。『もののけ姫』のアシタカはやっぱり特別なキャラなんでしょうか?

藤本 アシタカはジブリで一番かっこいいと思っているキャラです。好きなポイントはいっぱいあるんですけど、かっこいいわりには優柔不断というか、あの”定まらない”感じがすごい好きで。人物として定まってるキャラクターって、かっこいいんですけど親しみがなくなる部分もあるじゃないですか。でも、アシタカは人と森の間ですごい揺れるんですよね。

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『もののけ姫』より アシタカ © 1997 Studio Ghibli・ND
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――人と森、各勢力、複数の女性など、いろんなものの板挟みにあっていますもんね。

藤本 そういう定まらないところに「俺に近い部分がある」と感じられるし、その一方で「かっこいい」と憧れることもできるんですよね。そのバランスが、アシタカのいちばん好きなところです。

――かっこよさについての言及がありましたが、アシタカはジブリ作品の中でも特にアクションがかっこいいキャラですよね。

藤本 みんな好きな場面だと思うんですけど、アシタカが侍の放った矢を掴んで撃ち返すシーンがすごく好きですね。アニメとしても本当にすごい。

――名場面ですね。

藤本 でも、あの場面って、マンガで描くと小さめのコマになるシーンなんですよ。

――えっ?

藤本 僕たち観客のテンションとしては見開きくらいの勢いじゃないですか。でも、マンガだとそうはできないんですよね。見開きは「見せるシーン」じゃないといけないので。

――たしかによく考えると、見開きであの一連の流れを表現するのは無理がありますね。

藤本 どの映画にも「これはマンガにしたら成り立たないぞ」っていうシーンはあるんですけど、ジブリはそういう、小さいコマになるような細かいシーンが主役になっていることがすごい多いですね。そして、僕も含めてみんなそういうディテールを語りたがる特徴がある。

――ジブリ作品について話して盛り上がるときって、細かい話題について話していることが多い気がします。

藤本
 だからテレビで何回放送してもみんな観るし、SNSで語られるんじゃないかと思います。