話題がそれまくった前回から、本題に戻って1982年。5年前、『スター・ウォーズ』(1977)全米公開に端を発するSF映画の再定義――それまで子供向けの低予算作品とタカを括られてきたジャンルが、実はビジネス的な価値のあるものだという気づきが起きた結果、古今東西のこれはイケるんじゃないだろうかという原作や過去作の権利が飛び交い、次々に映画化されます。5年のあいだにそれらのアイデアはほぼ出尽くしました。そして、1982年は、もっとも映像化しづらい“残りモノ”だけど、その分じっくり吟味したり面倒なプロセスを経て高い完成度を獲得した作品が、続々と公開された奇跡の年なのではないか?
『E.T.』 (とスピルバーグ)だけで3回分も引っ張っちゃったからもうネタにする映画がないんじゃないか?と思われたくはないところでございますが、『E.T.』(1982)と並びながらも対極に位置する、1982年を締めくくるにふさわしい超怪作でありメルクマーク、ジョン・カーペンター監督作品『遊星からの物体X』(1982)の登場であります。
世界初であり最大のSF雑誌「アウトスタンディング・サイエンス・フィクション」編集長のジョン・W・キャンベルが1932年に発表した小説『影が行く』は、1951年にハワード・ホークスによって映画化されました。原題は『The Thing from Another World』、邦題は『遊星よりの物体X』。雪と氷に閉ざされる南極基地に紛れ込んだ、地球外から来た生物によって観測隊のメンバーは恐怖のどん底に叩き込まれます。そのプロットは宇宙貨物船に舞台を移し替えて1979年の『エイリアン』になっちゃっていたので、再映画化にあたり、更なるアイデアを加味することになったのです。

胴体に開いた口が食いちぎった腕を咀嚼し、触手がのたうちながらあふれ出て、臓物が吹き上がる! 人体破壊と顔面崩壊の頂点 【『遊星からの物体X』その1】
『シン・ウルトラマン』Blu-ray特別版&配信、著書『樋口真嗣特撮野帳』も大好評の樋口真嗣監督が、1982年、高校生時点で見た原点ともいうべき映画たちについて熱く語るシリーズ連載。今回は、古典のリメイクながら独自のグロテスク表現が他の追随を許さない、あのSFホラーだ!
私を壊した映画たち 第13回
この連載のテーマは1982年に日本公開された映画でした

『遊星よりの物体』 のロビーカード
©Capital Pictures/amanaimages
地球外から来たその生物は、相手を取り込み、外見を模倣することができるのです。犬であったり、人間であったり。密室の中で誰が“あいつ”なのかがわからないなか、ひとり、またひとりと死んでいくのです。宇宙人も怖いが人間はもっと怖い。疑心暗鬼が充満する基地から無事に助かることはできるのか?
舞台は当時の南極のアメリカ基地ですから、女人禁制、全員おっさんという最高の空気感。誰も誰かのことを助けようなんて思わないハードな人間関係です。
天才造形作家の若さゆえの過剰表現
人間に化けて何をするのかもよくわからないのがまた怖いんですが、男所帯の魔女狩りですから容赦ないわけですよ。ダイナマイトと火炎放射器で群れの頂点に立った主人公は、疑わしい奴ら…自分とひとりだけ信用できそうな子分以外全員、死んだやつも含めて縛り上げて、採取した血液に火炎放射器で熱した針金を押し当てます。“あいつ”が化けている個体であれば血の一滴に至るまで“あいつ”だから針金の熱に反応するんだという方便なんだけど、見つかったらどうするんだろう、みんな仲良く並んでソファーに縛られてて、隣の奴が実は“あいつ”だったら最悪じゃん…ってドキドキしながら見てると、案の定最悪になるわけですよ。

『遊星からの物体X』 主演は熱血漢役を得意とするカート・ラッセル
©Capital Pictures/amanaimages
しかもなぜか正体がバレると、“あいつ”はそれまで巧妙に偽ってきたその姿がメチャメチャに崩れて、おそらくそれまで同化していた生物がデタラメに出てきちゃうのか、正しい理屈はわからないし言語化もできないけど、まあ人間や犬がとんでもない形になっちゃうんですよ。そもそも“あいつ”は正体というものが存在しない、擬態のみで外見が成立しているんだけど、そこはデザイナーというか造形作家の美学がビシーッと貫かれているのですよ。
ロブ・ボーティーン。
第7回の特殊メーキャップ回――変身する人間たちの回で紹介した『ハウリング』(1981)で、狼男変身のプロセスにおいて革命的なアプローチを、わずか20歳でなしえたのがロブ・ボーティーン。
若さのなせるわざなのか、そのやり過ぎさ、過剰な表現が、観るものの常識を揺さぶり、覆します。その時代に横溢していた人体破壊、というか顔面崩壊が『遊星からの物体X』で頂点に達します。疑心暗鬼の果ての乱闘の末、意識を失った越冬隊員を診察台に載せて蘇生処置を行なう医師。電気ショックの端末を胸に当てた途端に、患者の胸から腹にかけて真一文字に裂けて、開口部に並んだ巨大な歯で医師の腕を食いちぎります。
ジョン・カーペンターという監督
肘から先を失った医師は昏倒し、食いちぎった腕を咀嚼する胴体に開いた巨大な口の中から、細かい触手がヒュルヒュルとのたうちながらあふれ出たかと思いきや、臓物のような何かが吹き上がります。天井に張り付いたそいつは、蜘蛛のような細い足でぶら下がり姿勢を保ちながら一同を睥睨します。

ロブ・ボーティーンによる見事な造形
©Capital Pictures/amanaimages
芋虫のような胴体の先端には、患者と同じ顔がついていますが、その表情は憎悪に満ちています。さらに臓物を失って残された体が横たわる診察台の上では、患者の頭部が体から離れていきます。何かの意思を持って首が伸び、緑色の体液を撒き散らしながらちぎれ、床に落ちた頭部からは、これまた蜘蛛のような細い足が生えてカサカサと歩き出します。
得体の知れない生物に我が身を乗っ取られるのって、もしかしたら撃たれたり斬られて死ぬより最悪な死にっぷりかも知れません。
すべてのシチュエーションに登場する“あいつ”は、一度たりとも同じ形ではなく、じっとしていません。
ユーモラスにさえ見えるデザインは、その裏腹なまでに作り込んだ生物感あふれるディティールと、ラジコン操作で動く精巧な表情筋と、圧搾空気とシリコンチューブでランダムに暴れる触手によって、説得力を帯び、また、体内に侵入する異生物の得体の知れない能力に対する畏怖に溢れています。
その的確すぎる造形設計とコンテにおける配分。卓越した技術や彫刻といったものづくりの才能だけでなく、どの造形物をどう動かしてどの範囲までそのアングルで見せるのか――宇宙から来た異生物に限らず、自在に小惑星帯を飛び回る宇宙船も、複雑な機構で変形する巨大な建造物も、どうしたら効果的になるか?にまで、責任を持って取り組んだ結果なのです。
たまたま技術の進化や予算の増額がもたらしただけではなかったのです。この数年の間の映画表現の進化は、それぞれのパートを統括する専門家たちが、同時多発的にテリトリーを超えて映画作りに向き合うようになり、それを多くのフィルムメーカーが受け入れ、協業するようになったから起きたのです。
ちょっと話が脱線してしまいましたが、そのタイトな物語上の登場人物の行動原理により、“あいつ”は姿を現すや否や火炎放射器で焼き払われます。そうしないと自分も“あいつ”と同化しちゃうからです。正直、観客としてはその異形な体型と過剰なディティールをもう少し見ていたいのですが、どれもこれもあっという間にバーベキュー。もったいないことこの上ありません。
でも、そのもったいなさこそが監督のジョン・カーペンターの作家性なのです。
続きます。
文/樋口真嗣
『遊星からの物体X』 (1982) The Thing 上映時間:1時間49分/アメリカ・カナダ
監督:ジョン・カーペンター
出演:カート・ラッセル、ウィルフォード・ブリムリー他

©Capital Pictures/amanaimages
1982年、アメリカの南極基地職員たちは、近隣のノルウェー基地が、壊滅し無人となっているのを知る。そしてアメリカ基地も謎の何かに襲われ始めた。形を持たないで犠牲者の形態を模倣する、宇宙からの生命体に…。SF小説を原作とした1932年製作のホラー『遊星よりの物体X』 が元で映画への道を志したというジョー・カーペンター監督が、その作品を自らリメイク。当時の特殊技術者たちの先端技術とクリエイティヴィティ、鬼才として知られた監督の演出の妙味により、歴史に残る映画となった。
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