
「編集会議で満場一致で決まった連載は今までに『青の祓魔師』『SPY×FAMILY』の2本だけ(林)」【仕事術からエンタメの未来まで 4】佐久間宣行テレビプロデューサー×林士平(『少年ジャンプ+』編集者
『ゴッドタン』や『ウレロ☆シリーズ』、『あちこちオードリー』など人気バラエティ番組を多数手掛け、多彩な活躍を見せるテレビプロデューサー、佐久間宣行と、『SPY×FAMILY』に『チェンソーマン』、『ダンダダン』など数々のヒットマンガ作品を担当する辣腕編集者である林士平。UOMOにて実施されたふたりの初対談を全4回にわたり、ほぼノーカットで再公開する。(全4回の第4回 初出:2022年12月28日)
※マンガ原作を未読で、アニメ版のみ視聴している方には、キャラクターやストーリー上のネタバレを含みますので、ご注意ください。
満場一致で決まった連載は今までに2本だけ(林)
――少し前にヒットに法則はないという話をされていましたが、実際にお二人ともヒット作を数多く手がけています。何か秘訣はあるのですか?
林 ないですね。基本的には作家さんの努力であって、あとは運かなと思いながらやっています。たまに思うのが、これって麻雀に近いのかなって。運がなくて負けが込んでいるときはどうにか自分のポジションを守って、うまくいっているときはちょっと大胆に攻めたりするところは僕の場合あって、そこはギャンブルの感覚に近い気がします。
だから、験を担ぐこともありますね。マンガの神様に嫌われたりしないだろうかみたいな感じで。
佐久間 芸能の人もそういうところはありますね。あとで運が悪くなるような行動だけは取らないようにしようみたいな。だから、残っている人はみんないい人なんだと思います。
林 めちゃくちゃありますね。
佐久間 うん。いい人が残っていくというのはやっぱりそういう理由もあるかもしれない。幸い僕もいろいろな若手の人たちと接したりして、「佐久間さんの企画で売れるきっかけになりました。ありがとうございます」と言われることがあって、たまにそこだけニュースになったりするけど、でも売れるって複合的なことですよね。1回の企画じゃないというのはわかっているから、絶対に自分の力だけとは思わないですよ。
賞レースは別だけど、芸人とか1人の人間が売れるためには、複合的な波をつくって、それが定着してはじめて売れるので。
――売れるのは時代状況や社会環境も大きく関わってくると思うのですが、そこはどうとらえていますか?
林 負け惜しみみたいな感じですけど、作家さんを勇気づける意味も込めて、「時代にかみ合わなかった」「早過ぎました」というのはよく言っていますね。自分は面白いと思っても、売れないときってあるんですよね。
佐久間 やっぱりわからないですよね。強いて言うと、過去にいい結果が出たときって、実は最初から満場一致だったってことが1回もないんですよ。世間で評価されたからみんな面白いと言うけど、会議の段階ではわりときょとんとしている人は多かったりします。
林 そうなんですよ。僕も今までの編集者人生で満場一致の連載ネームって2本ぐらいしかなくて。1本目が『青の祓魔師』で、2本目が『SPY×FAMILY』。僕も佐久間さんと同じで満場一致って怖いと思うんですけど、全員がマジで満場一致だと売れるんですよね。もう若手から上まで全員が「やられた!これはもうお手上げ!」みたいな感じのときは、スタートダッシュでバーンといくんです。あと、上司がその状態だから宣伝費がつく(笑)。1巻から宣伝費をぶち込めるんですよ。

『青の祓魔師』全28巻
©︎加藤和恵/集英社
佐久間 なるほどね。
林 ただ、逆に言うとその2本しか今までなくて、それ以外はだいたい割れているというか。『チェンソーマン』ってたぶん2人くらいしかプッシュしてくれなかった気がします。16年くらいやって、その2本しかないんだから、なかなか満場一致型のヒット作を生み出すのは難しいなという感じですよね。
信じられない飛距離の大ホームランを打つために(佐久間)
佐久間 本当にやってみないとわからない。僕もYouTubeをやってみてはじめて、YouTubeってこんなに修羅の世界なんだとわかったし。どういう例え方をしたらいいかわからないけど、マインドが荒れているというか、そういうものが好まれますよね。「ブレイキングダウン」が人気なのは納得だなって。なので、口喧嘩は観られるだろうなと思って、口喧嘩企画をやったらやっぱり100万再生を超えるんですよ。

『BreakingDown』
YouTubeチャンネル@BreakingDown_officialにて配信
@breakingdown_jpで最新情報をお届け
林 ちょっと過剰なもののほうが人気ありますよね。
佐久間 「ブレイキングダウン」は、要はガチンコじゃないですか。だから、今のコンプラでできないものをYouTubeに求めれば当たるのかなって。だけど、どんどん修羅になっているなと思いますね。
――ある程度の予測はできても、確実にこれがヒットするというのはなかなかわからないんですね。
佐久間 ヒットメーカーと言われている秋元(康)さんとか川村(元気)さんを見ていても、自分の中にある手札の中で、全力で振れるものは時代に関係なく振っていって、当たったらホームランだった、みたいなことじゃないと大ホームランを生んでない感じがします。要は時代に合わせてスイングしちゃうと、ツーベースがいいところなんだと思います。
林 お二人とも手数が多いですよね。どれだけの打合せを重ねているんだろうと思っちゃいますね。
佐久間 そう。あそこまでの手数をやれるのは、実績があるからだろうけど、でも手数が多い人たちは、特に秋元さんを見ていると、スイングが鈍くなるくらいなら三振でもいいというつもりで振っている気がしますね。だから、当たったときにとんでもないものが生まれる。決して時流を見て、当てにいくようなことはしてないと思います。
林 自分の得意分野に引きずり込んでいる感じもしますよね。
佐久間 そうそう。それをしているから、本当に信じられない飛距離の大ホームランを打てるんだと思います。自分の得意分野という話で言うと、お笑いの場合はやっぱり松本(人志)さんがヒットメーカーになってくるんですけど、松本さんの場合、本人が天才で面白いうえに、自分でルールをつくっちゃっているじゃないですか。だって、大喜利の『IPPONグランプリ』もトークの『すべらない話』も、すべて松本さんがルールをつくってますよね。
これはオードリーの若林くんが言ってたんですけど、天下を取る人って自分の教科書を世間に押しつけられる強さがある人なんですよ。じゃないと、天下は取れない。他人のルールで戦っているかぎりは覇権を取れないんですよね。

『IPPON グランプリ19』
/よしもとミュージック

『人志松本のすべらない話
第34回大会完全版』
/よしもとミュージック
林 マンガの場合は、なかなかひとつの教科書というものはつくれないですね。幸い僕はいろいろな作家さんといろいろなトライができるので、今の時流とかけ離れたところにボールを投げることもできるし、時流をとらえてそのちょっと先にボールを投げてみることもできる。
死屍累々のジャンルですけど、『鬼滅』と『呪術』と『チェンソーマン』を徹底的に分析して、新たにバトル物を定義し直いたいという作家さんがいればトライできるし、もしかしたらそこからヒット作が生まれるかもしれない。だから、ホラー物だったらどうなるとか、ラブコメディーだったらどうなるとか、ジャンルによってバラバラですね。
信頼しているのは北九州のおばちゃん(佐久間)
――面白い作品との出会いはどのように意識しているんですか?
林 僕の場合、作家さんもそうですし、アニメのプロデューサーさんとか、お仕事で出会う人たちがいろいろな作品を観ているので、打ち合わせで「あれ、観ましたか?」という話になることが多くて。特定の作品が2~3回続けて出てきたら、メモって観るようにしています。ただ、あまりにも多くて、全然観終わらないですよね。
佐久間 いや、本当に無理。地上波のドラマ2本と配信ドラマをそのときそのときで1本か2本観ていたら、もう終わりです。
林 そうなんです。昔あんなに観ていたのに。だから、弱くなっている恐怖がけっこうあります。読む量、観る量が減っちゃったなという。
佐久間 それはしょうがないなと思っています。飲み会を断りまくって、映画や舞台を観るとかじゃないと時間はつくれないですね。配信ドラマが増えたぶん、書籍をなかなか読まなくなって、ゲームの数がちょっと減りました。ある程度絞らないともう無理ですね。
ただ、僕はSNSで自分の好きな作品を検索して、すげえ意見が合うなと思った人を何人かブックマークしていて。その人が勧めたもので3つ以上感想があったら、たとえ興味なくても観るようにしているんですよ。
林 そんな人がいるんですか。
佐久間 北九州の自分の同年代の女性とか。俺が勝手に一方的にフォローしている人がだいたい20人ぐらいいますね。みなさん一般のエンタメ好きな人たちです。
林 僕も「ブクログ」とかでたまに同じことをやっちゃいます。自分の好きな本でいいレビューを書いていたら、この人は何を他に気に入っているんだろうって探してみたり。
佐久間 そんな感じですね。
――ずっと固定のメンバーなんですか?
佐久間 いや、どんどん入れ替わっていきます。ライフスタイルが変わって書かなくなる人もいますし、僕自身も好みが変わるので。だから、常時15人か20人いるという感じです。
最近面白かった漫画は「スキップとローファー」(林)
――最近面白かったマンガ作品って何ですか?
佐久間 『クジマ歌えば家ほろろ』は面白かったですね。謎の生物クジマが住み着いた一家の物語なのですが、癒されますし、ちょっとグッときます。

『クジマ歌えば家ほろろ』1~2巻発売中
©︎紺野アキラ/小学館
林 僕は『スキップとローファー』をすごい楽しみにしていますね。

『スキップとローファー』1~7巻発売中
©︎高松美咲/講談社
佐久間 あぁ、面白いですよね。
林 もう展開が素晴らしすぎて。アニメ化が決まっているんですけど、絶対に成功してほしいですし、どこが実写ドラマ化するんだろうなって気になってしまうぐらいに好きです(笑)。
佐久間 『スキップとローファー』は僕も買ってみんなに配りましたね。3巻ぐらいの時点で。
林 あとは『ワンダンス』も面白いです。すごい丁寧にストリートダンスというか、競技ダンスを描いていて、その絵が凄まじいんですよ。あれも実写化したら面白いんじゃないかなと思いつつ、カロリーが高すぎるので、誰も手を出せないのかなと。まぁ、とにかくいっぱいあり過ぎますね。

『ワンダンス』1~9巻発売中
©︎珈琲/講談社
佐久間 いっぱいありすぎますよね。折に触れて読み返す作品もありますし。
林 例えば何ですか?
佐久間 羽海野(チカ)先生とか、よしなが(ふみ)先生の作品ですね。
林 よしながふみさんも素晴らしいですよね。『大奥』は本当にすごい作品でした。

『大奥』全19巻
©︎よしなが ふみ/白泉社
佐久間 いや、本当ですよ。あそこであんな着地するなんて思わなかった。
林 もう素晴らし過ぎましたね。『大奥』に関しては今の2倍ぐらい売れていいんじゃないのって思います。
佐久間 今度、NHKでドラマ化されますよね。
林 最後までちゃんとやってくれるんですかね。
佐久間 するという話だけど、どこまでやるのかな。
林 最後までやってほしいですね。今から楽しみです。
おわり
Photos:Teppei Hoshida
Interview & Text:Masayuki Sawada
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