岸田政権・政府は国民を70歳まで働かせる準備を進めていた…虚構の実質賃金伸び率の上に立つ年金制度は破綻寸前
2040年には厚生年金の積立金が枯渇し、財政破綻する可能性が高いと言われている。この問題の解決策に対して政治家はまったく手をつけようとしないのが現状だ。支給開始年齢の引き上げなど不人気な政策が必要だからだと推測できるが、もはやそうも言ってはいられないところまできているだろう。日本経済の現状と展望をエコノミスト・野口悠紀雄氏が分析する。『プア・ジャパン 気がつけば「貧困大国」』 (朝日新書)より、一部抜粋、再構成してお届けする。
『プア・ジャパン』#3
財務省は、支給開始年齢引き上げが必要だという
政府は年金支給開始年齢の引き上げが必要と考えているようだ。
まず、財務省は、厚生年金の支給開始年齢を68歳に引き上げる案を、2018年4月11日、財政制度等審議会(財務大臣の諮問機関)の財政制度分科会に提出した。
この資料で同省は、「人生100年時代」を迎える中で、年金財政悪化により、給付水準低下という形で将来世代が重い負担を強いられると指摘している。
さらに、2035年以降に団塊ジュニア世代が65歳になることなどから、「それまでに支給開始年齢をさらに引き上げていくべきではないか」と主張している。
そして、開始年齢を68歳とした場合の「支給開始年齢の引上げによる受給水準の充実」のイメージ図を提示している。また外国でも、支給開始年齢は67、68歳が多いことを指摘している。
なお、財務省が年金支給開始年齢の引き上げを主張しているのは、年金会計の収支バランスを図るためというよりは、受給者数の増大によって国庫支出金が今後増えることを抑制しようとしているのであろう。あるいは、国庫負担率をさらに引き上げる要求が出てくることを恐れているのであろう。

70歳までの雇用確保が進められている
他方で、70歳定年に向けての準備も進められている。
政府は、年金支給開始年齢を従来の60歳から65歳に引き上げたことに合わせて、65歳までの雇用を目指しており、2025年度には、企業に対して65歳までの雇用が義務づけられる。
また、「高年齢者雇用安定法」の一部が改正され、2021年4月1日から施行されている。
それによると、事業主は、①70歳までの定年の引き上げ、②定年制の廃止、③70歳までの継続雇用制度の導入、などの措置を講じるよう努めることとされている。
これは、仮に公的年金の支給開始年齢が70歳になっても生活ができるようにするための環境整備だと考えられなくもない。
つまり、それまでは年金がカバーしていた65〜69歳の生活を保障する責任を、年金でなく企業が受け持つという方向だ。
「受益の全世代化」でなく「負担の全世代化」が必要
前記のように2019年に財務省が支給開始年齢の引き上げ問題を提起したが、その後政府は、「全世代型の社会保障改革」を進めるとし、「あらゆる世代が社会保障制度から利益を得る」という面を強調するようになった。つまり、「受益における全世代化」だ。
しかし、社会保障が実現する世代間移転の基本的な姿は、「若年者が負担し、高齢者が受益を受ける」ことだ。この逆のパタンの世代間移転は、あまりない。今後も、そうしたものが生じるとは考えにくい。
日本の社会保障制度が直面している問題は、負担者である若年者人口が減り、受益者である高齢者人口が増えるために、社会保障制度の維持が難しくなることだ。
これに対処するため、高齢者の受益額の減少、ないしは負担額の増加が求められている。
これは、年齢構造の変化からどうしても必要とされることだ。
だから、あえて「全世代」という言葉を使うなら、いま必要とされていることは、「負担の全世代化」である。
ところが、それは、政治的には不人気なことだ。
しかし、それをあえて実行しなければならない。社会保障改革は、人気取り政策にはなり得ないのである。それを、「全世代型社会保障」という曖昧なキャッチフレーズで覆い隠してはならない。

2024年の財政検証で、支給開始年齢の問題を提起すべきだ
支給開始年齢の引き上げは、いつ行なわれるだろうか?
最も早くは、65歳への引き上げが完了する2025年からだ。このためには、2024年の財政検証においてこの問題が提起されなければならない。
しかし、支給開始年齢引き上げには大きな反対が予想されるので、来年時点でこのような大問題が提起されるとは考えにくい。
ただし、この問題はいつまでも放置するわけにはいかない。
前述のように、支給開始年齢が現在のままだと、厚生年金の積立金は2040年頃には枯渇すると考えられるからだ。
したがって、遅くとも、支給開始年齢引き上げは、2040年までには完了している必要がある。
70歳までの引き上げであるとすれば10年間かかるので、次の次の財政検証時点である2029年に、この問題が提起されなければならない。
ただし、2024年の財政検証において、この問題にまったく触れなくてよいわけではない。
これまで指摘してきたように、現在の財政検証は、高すぎる実質賃金伸び率という虚構の上に立っている。虚構ではなく、経済の実態に即した真摯な見通しが示されるべきだ。
文/野口悠紀雄 写真/shutterstock
『プア・ジャパン 気がつけば「貧困大国」』 (朝日新書)
野口 悠紀雄

2023/9/13
¥1,045
304ページ
978-4022952356
あなたは既に「貧民」かもしれない——
“瀕死の病人”日本経済の処方箋を示す!
かつて、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」
とまで称されたこの国は大きく退潮し、
購買力は先進国で最低レベルに落ち込んでいる。
国民の多くが自覚のないままに、
経済大国から貧困大国に変貌しつつある
日本経済の現状と展望を
60年間世界をみつめたエコノミストが分析する
<目次>
第1章 気がつけば、「プア・ジャパン」
第2章 昔はこうでなかった
第3章 これから賃金は上がるのか?
第4章 増大する財政需要と政治家の無責任
第5章 デジタル化の遅れが日本の遅れの根本原因
第6章 高度人材を日本に確保できるか?
第7章 日本再生のエンジンは、デジタル人材