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標準治療

がん治療ではしばしば「標準治療」という言葉を耳にする。私たちが「がん」と診断された時、まず最初の選択肢として示されるのがこの標準治療だ。

国立がん研究センターの公式サイトによれば「科学的根拠に基づいた観点で、現在利用できる最良の治療であることが示され、ある状態の一般的な患者さんに行われることが推奨される治療」とされている。

誤解が多いが、厚生労働省の承認を得、公的医療保険、いわゆる健康保険が適用されただけでは「標準治療」と呼べない。この後、さらに充分な科学的データを積み重ね、その分野の医師たちが学会で検討、作成した「診療ガイドライン」に掲載されたものが「標準治療」となる。光免疫療法はこの途上にある。

一方に「先進医療」という言葉もある。

こちらは、やはり国立がん研究センターによれば「医療技術ごとに、実施者、治療対象、治療法とその実績、医療安全など、厚労省の基準を満たし、かつ、実施承認を受けた医療機関でのみ行われる医療」のことだ。厚生労働省の承認を得て、診察・入院・検査代は保険適用となるが、医療技術料は全額自己負担となる。

これらと一線を画すのが「自由診療」だ。

身近なものでは健康診断やワクチンの予防接種、歯医者さんで銀歯でなく新素材を使う場合などがそうだが、日本未承認の抗がん剤や治療法を扱うクリニックで行う診療もこれに当たる。公的医療保険の適用とならないので、診察・入院・検査代も全額自己負担となる。

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現代の私たちはインフォームド・コンセントが義務化された時代を生きている。インフォームド・コンセントとは、治療に当たって医師の充分な説明と患者の同意が必要とされるプロセスのことで、患者の自己決定権を保障するものだ。

医療法によりその義務が明文化されている。そんなの当たり前でしょと思うかもしれないが、導入以前は医療は患者のものというより医師のもの、治療方針は医師が決定するものだった。

逆に言えば現代は、患者が自分でどの治療を選ぶのか決めなければならない。「標準治療」で行くのか、その途上にある光免疫療法を選ぶ手もあるのかもしれないし、「先進医療」の可能性や「自由診療」に賭ける人もいるかもしれない。

がん治療は複雑だ。

がんの種類は多様、がんが発生する臓器によって治療法も違えば、生存率も異なる。患者の体質も一様でなければ、どこの病院でもまったく同一の治療やサポートが受けられるわけでもない。その人にだけ効くがん治療法というのもあるのかもしれない。

いずれにせよ私たちはがんと診断されて初めて、自分のがんにはどんな治療法が最適なのか、どこの病院を選べばいいのか、そうした膨大な情報が溢れる現実に直面する。

選択するのは自分だ。自ら調べねばならず、かといって無限に情報収集を続けていられるほど時間的余裕があるわけでもない。「名医」を扱う書籍や雑誌、テレビ番組が多数存在するのはそうした理由からだろうし、困り果てて怪しげな民間療法や口コミに頼りたくなってしまうのも無理はないのかもしれない。

その際、判断のひとつの材料になるのは保険診療か自由診療かだ。

保険診療と認められるためのハードルは高い。自由診療とは異なり、国の承認を得なければならないからだ。日本の大多数の医師や医療スタッフが日々研鑽する主戦場はここであり、この舞台に上がっているかどうかがその治療法の信頼度も左右する面があることは否めない。中でも「標準治療」と認められるには長い歳月が必要とされることも記しておかねばならない。

こんなことをあらかじめ書いたのは、本書刊行の2023年時点では、光免疫療法を名乗る自由診療のクリニックがあまりに多いからだ。本書で扱う光免疫療法は保険診療でしか受けられない。「第五の治療法」と注目されるのもそのためである。その点に留意して読み進めていただきたい。