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小説を読んで「死」について考えてみよう

2020年に起きたコロナショックは、はからずも日本人の死生観を浮き彫りにしました。恐らく第二次世界大戦後、日本人が今回のコロナ騒動以上に死に直面して動揺した事態はなかったと思います。

資料から読みとる限り、日本人は第二次世界大戦までは、死を身近に感じている民族でした。前述のように、かつては医療水準が低く、天然痘やコレラなどの疫病で多くの死者が出たこともありましたし、飢餓や飢饉も頻繁に起きていました。

あるいは、モンゴル人が中国を征服して鎌倉時代の日本を攻め込んだ「元寇」のように、外敵に脅かされる事態もあれば、内乱に巻き込まれて命を落とす可能性も多分にありました。

そんな中で、日本人は死を冷静に受け止めながらも必死で生き抜こうと頑張っていたわけです。

日本人の死生観が大きく変わったのは、第二次世界大戦後です。

「確実にいえるのは、人は生まれた瞬間から死に向かって近づいているということだ」 池波正太郎の歴史小説に学んだ「死」と「お金」のこと。中学生で遺書を書き、心付けを忘れないでいる今村将吾_1
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幸いなことに戦後、日本人は75年にわたって平和で健康的な生活に恵まれ、死に直面する機会が極端に少なくなりました。その間、日本人からは死に対する免疫が少しずつ失われていったのだと思います。

そこに降って湧いたのが、新型コロナウイルス感染症の世界的蔓延です。2020年2月13日、新型コロナウイルスによる国内初の死者が報じられると、多くの日本人が動揺し、われ先にとマスクを買い求めたり、外出する人を感情的に批判したりする光景が繰り広げられました。

もちろん私は、新型コロナの被害を軽視しているわけではないですし、コロナごときでビクビクするなと言いたいわけでもありません。現実に新型コロナで亡くなった人がいて、それを悲しむ気持ちはあります。

ただ、天然痘やペスト、スペイン風邪といった過去に流行した感染症の致死率からすると、コロナの死者数は桁外れに少なかったはずなのに、日本人は当時と同等かそれ以上に動揺しました。

その様子から「日本人は死に対する免疫をここまで失っていたのか」と衝撃を受けたのです。善し悪しの問題ではなく、戦後の日本人からは「自分がいつ死ぬかわからない」という感覚が徹底的に失われたということを実感させられました。

ことさら死を怖がるのでもなく、命を軽んじるのでもなく、日本人はもっと死について考える必要があります。そのきっかけとなり得るのが歴史小説ではないかと考えています。