池波正太郎に学んだお金の使い方

歴史小説には、作者の人生哲学も投影されており、私たちは物語を通じて人としてのあり方や振る舞いを学ぶことができます。

先ほど、池波先生の話を出したので、続けて池波先生の例を挙げてみましょう。

池波正太郎の作品には、主人公がしばしば仕事の中で身銭を切る姿が描写されます。池波先生自身、エッセイなどでチップの習慣についてたびたび言及しています。

タクシーに乗ってメーターが500円だったら600円を渡す。たった100円でも、渡せば自分が気持ちいいし、もらったほうもいい気分になれます。

「確実にいえるのは、人は生まれた瞬間から死に向かって近づいているということだ」 池波正太郎の歴史小説に学んだ「死」と「お金」のこと。中学生で遺書を書き、心付けを忘れないでいる今村将吾_3
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それが社会全体に広がっていけば、私たちが住む世界はもっと良くなるというわけです。

池波先生は、旅館などに泊まるときは、心づけを先に渡すと書いていました。最初に渡せば、サービスが良くなって快適に滞在できるからです。

それを読んでいた私は高校の卒業旅行の際、ポチ袋に1000円札を入れて旅館の仲居さんに渡したことがあります。

ずいぶんませた高校生です。仲居さんにびっくりされ、「ご両親が立派な教育をされているんですね」と言われたので、「いえいえ、池波正太郎先生の教えです」と答えた記憶があります。

今でも「身銭を切る」ことを心がけています。

旅館に宿泊するときには必ずポチ袋を持参しますし、タクシーではお札で渡してお釣りをもらわないようにしています。電子決済が普及した今では、それも難しくなってきたのですが……。

あるとき、地元で利用したタクシーの車内に忘れ物をしてしまい、直接持ってきてもらったことがあります。運転手さんからは「無料でいいです」と言われたのですが、「これでコーヒーかタバコでも買ってください」と心づけを渡しました。

運転手さんは思った以上に喜んでくれ、「つかまらへんときとか、いつでも行くんで」といい、名刺を渡してくれました。

今、東京出張のため早朝に出発することもあるのですが、滋賀県はタクシーが少ないので、駅までの足に困るケースが多々あります。そんなときに電話をすると、その運転手さんが駆けつけてくれます。もはや専属タクシーみたいなものです。

ある年末、子育てをしているわが社のスタッフにお年玉を渡したら、年明けにそのスタッフから動画が送られてきました。

見ると、幼稚園児と小学生の女の子2人が正座をしながら「今村先生、お年玉ありがとう」と挨拶をしていました。本当にいいお金の使い方をしたと思ったものです。

私は1円でも無駄なお金を使いたくない性分ですが、生きたお金なら惜しまずに使おうと思っています。稼ぎのあるなしとか金額の大小にかかわらず、生きたお金を使うことの大切さを池波正太郎から教えてもらったのです。

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文/今村翔吾
写真/すべてshutterstock

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今村 翔吾
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教養を高める最も有力な手段は、歴史を学ぶこと。なにしろ歴史には、これまでの人類の営みが凝縮されているのだ。
政治も経済も芸術も宗教も、すべて歴史を通じて参照できる。一方で、歴史というと、なんとなく、とっつきにくい印象を抱く人が多いのも事実。

そんな人は、ほとんどの場合、年号や歴史上の人物を暗記させるような学校の授業が、「つまらない」と感じて離脱している。

しかし、好きな「時代」や「人物」から興味を広げていけば、確実に歴史を好きになれる。そして、その導入として最適なのが「歴史小説」なのだ。
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