終焉からまた再生へ
仲違いした2人を取り巻く周辺人物をも実に丁寧に描いて、いかにもこの一見平和だが、閉塞感漂うアイルランドの孤島の特徴を浮かび上がらせるマクドナー監督の手腕に唸った。
家畜の世話をして毎日ただ島に1軒しかないパブに行ってビールを飲めれば、それで幸せなパードリックと一緒に住んでいる妹のシボーン(ケリー・コンドン)。聡明な彼女は、島の暮らしに限界を感じているが、たった1人の身内の兄を放っておけない。
そんなシボーンを、ずっと年上なのに島で唯一の未婚女性というので、好意を寄せるドミニク。彼は島民からつまはじきにされているが、パードリックは親友として接している。このバリー・コーガン演じるドミニクというクセ者の、実は複雑なキャラクター像がまたイニシェリン島のネガティブな側面を映して物語に奥行きを持たせている。
昨日まで親友同士だった男たちのもめ事が、イニシェリン島の精霊の仕業のように、恐ろしい終焉へ向かい、その終焉からまた再生へと繋がっていく。本作を観て、風土というものの側面を強く感じた。
そして、実際にアイルランド人であるコリン・ファレル、ブレンダン・グリーソン、ケリー・コンドン、バリー・コーガン(4人ともアカデミー賞の主演と助演の演技賞にノミネート!)が演じた登場人物は、この土地独特の気質というか気配のようなものを醸し出し、この物語に現実味を与えていた。
この美しい島を撮りたかったと後日談で語ったマクドナー監督もまた両親がアイルランド人ということで、イギリスとアイルランドの両方の国籍を保有しているのだという。各人が思い入れたっぷりで描いた精霊の住むアイルランドの孤島。
付け加えたいのは、パードリックが飼っているロバのジェニー、いい仕事してるのよ! やはり地元のロバらしいが、ジェニーにも注目ね。
イラスト・文/石川三千花
『イニシェリン島の精霊』 原題:The Banshees of Inisherin 1時間54分/イギリス
配給:ディズニー
監督/マーティン・マクドナー
出演/コリン・ファレル ブレンダン・グリーソン ケリー・コンドン バリー・コーガン 他
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