準備段階から、ケイコと私の差はなくなっていた(岸井)

聴覚のないプロボクサーを描く『ケイコ 目を澄ませて』。主演・岸井ゆきのさんと三宅唱監督_10
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──モデルとなった小笠原恵子さんは、聴覚障害があることから、プロライセンスを取得したいという希望がなかなか理解されなかったし、試合もなかなか出られなかった期間が長く、原作では怒りを扱いかねている様子が描かれていますが、映画で岸井さん演じるケイコの抱える怒りはまた種類の違う怒りに感じました。
お二人はケイコの抱える鬱屈についてはどのような話し合いをされましたか?

岸井「準備期間の段階から、 私とケイコの差というものはなくなってきていたな、と思います。 役作りでボクシングをやったんですけど、今おっしゃってくださったように、実際の小笠原恵子さんはプロのライセンスを取るまでに苦労があったし、ティーンエイジャーの時には、学校の環境に馴染めないところで生まれてくる怒りというか、怒りという言葉で簡単に片付けられないような感情を抱えていて、それは映画の中に当然、流れ込んではいると思います」

体を動かす中で感じる感情を岸井さんは体に溜め込んでいた(三宅)

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三宅「シナリオに書かれている言葉を頭で解釈してそれを表現するというよりも、岸井さんと一緒に体を動かしていく中で、自分たちの体が素直に感じたことを大事にしていました。例えば、パンチ1発決める時の気持ちよさ。ミットにうまく当てられない時の悔しさ。そういうものを体で確認していって、岸井さんはそれを撮影中、ずっと保ち続けてくれたと思うんですよ。

撮影期間中、僕と岸井さんの間で「この場面の感情はこうです」などという形では喋っていません。感情を言葉で置き換えることではなく、練習で培った様々な心の動きを全部、岸井さんは体の中に溜め込んでいってくれた。 撮影現場で、その体でいてくれたことが大きなことかなと思います」

──私が三宅監督の映画ですごく好きなのは、ドキュメンタリーでも劇映画でも、主人公たちが人生で最高だと思える空間にいる瞬間を鮮やかに切り取っていることなんです。もしかしたら、この先、この空間にはもう出会えないかもしれないっていうぐらいの最高な瞬間が写し取られている。

『ケイコ 目を澄ませて』でも、三浦友和さん演じる会長が運営しているボクシングジムへの愛情が、岸井さん演じるケイコを筆頭に、三浦誠己さんや松浦慎一郎さん演じるトレイナーたちにも強くあって。岸井さん自身は、三宅映画における居心地のいい場所っていうのは、今回、体感しましたか?

三宅組ほど上品な現場はないと思う(岸井)

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岸井「私は映画を見て、 現場の匂いを感じるっていうことはあまりしなくて、映画は映画として見てしまうんですけど、今回、三宅さんの現場の中に入り込んだ時の幸福度っていうのは、すごく高かった。それはなんですかね。夢のような現場でした。

自分が主演で、フィルムでの撮影で、16mmで撮っている映画だけど、35mmや60mmのフィルムで撮られた映画ときっと同じ音が流れているわけじゃないですか。私が大好きな映画が作られる音を、演じながら自分自身で聴けるというのは今の時代なかなかないし、そのためにみんなが力を尽くしてくれていて、幸せでした。

今、この瞬間に作っているということをいちばん強く感じた現場じゃないかなと思います。私はいつも言っているんですけど、こんなに上品な現場もないと思います」

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三宅「僕の見た目のせいで、みなさん信じてくれないかもしれませんが、現場に品があったというのは嬉しい言葉です。チーム全員、見た目と違って、ものすごく繊細で、気高くて、プロフェッショナルとしての意識も高くて、各部が、三浦友和さんはじめ、ジムにいたボクサーを演じてくださった俳優部も含め、自分の肉体であるとか、自分が生きている空間、それから周囲の人に対する意識が研ぎ澄まされている人たちの集合体だったと思うんです。

それはボクシングの世界にも通じることで、単にストイックっていうことじゃなく、なんて言えばいいんだろうな。自分が今どんな状態にあって、どんな場所に生きていて、どうやって人と接しているかってことに対して、すごく誠実かつ丁寧な人たちの世界だなと思った。それが自ずと僕らの映画作りに影響したし、映画の中身にも影響したというのがあって。それを岸井さんが今、「品」と一言で言ってくれたんだと思います。

小笠原恵子さんの「負けないで!」から僕はたくさん刺激をもらいましたが、中でも、彼女がボクシング以外にも空手をやってみた時期もあることだとか、その後プロボクシングを引退された後は、ボクシングの指導だけでなくブラジリアン柔術などもされていて、ぼくはそこに自由な魂というか、自分の好きなことをやり続けるんだ、自分の人生を生きるんだというシンプルなパワーを感じたことが核になっています。そういうことを、映画なりに表現しました。スクリーンを通して伝わってほしいと願っています」

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ケイコ 目を澄ませて

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聴覚障害のある元プロボクサー・小笠原恵子さんの自伝のエッセイ「負けないで!」(創出版)を原案に、三宅唱監督が脚本を手掛けた作品。
生まれつき耳が聞こえないプロボクサーと、視力を失いつつあるボクシングジムの会長(三浦友和)との絆を描き、第72回ベルリン国際映画祭エンカウンターズ部門ほか、国内外の映画祭で選出されている。

脚本・監督:三宅唱
出演:岸井ゆきの、三浦友和、三浦誠己、松浦慎一郎、渡辺真起子、仙道敦子ほか。

●テアトル新宿ほか全国にてロードショー公開中。

配給:ハピネットファントム・スタジオ

©2022映画「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINÉMAS

映画『ケイコ 目を澄ませて』公式サイト

撮影/藤澤由加

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