ひたひたと押し寄せる異界の気配……現代怪談の収穫

・小池真理子『アナベル・リイ』(KADOKAWA、電子書籍あり)

5冊目はこの夏発売されたばかりの新刊を。『アナベル・リイ』は直木賞作家・小池真理子が久々に手がけた長編怪奇小説。一般に恋愛小説やサスペンスのイメージが強い小池真理子だが、実はすさまじく怖ろしい小説を書く作家でもある。

物語は悦子という語り手が自らの身に降りかかった恐怖を回想する、という手記の形をとっている。1970年代後半、当時悦子が働いていたバーに、千佳代という女優の卵がやってきた。すぐに意気投合し、親友同士になった二人。しかし愛する男性と結婚し、幸せの絶頂にあったはずの千佳代は、急な病に倒れて死んでしまう。ほどなくして、悦子の周辺に千佳代の幽霊が現れるようになる……。

ストーリーはごくシンプルだ。非業の死を遂げた女性が幽霊となり、親しかった主人公の周囲に姿を見せる。それだけである。しかしそれだけの物語が、著者の文章で綴られると信じられないほど怖くなるのだ。私は霊感の類は一切ないが、もし幽霊がいるとすれば本書のような現れ方をするのではないだろうか。

しかもたびたび現れる千佳代の霊は、何を訴えたいのか分からない。悦子を恨んでいるのか、懐かしんでいるのか。意思疎通のできない相手が、ひょいと日常に現れてくる怖さといったら……!

幽霊を見てしまうことで決定的に変わる世界。それを言葉の力によって表現しきった『アナベル・リイ』は怪談小説のひとつの到達点だ。怪談の魅力がつまった一冊といえる。

閲覧注意! マニアが心底震え上がった、極上にして最怖の怪談本5選_05
出典:小池真理子『アナベル・リイ』(KADOKAWA刊)

文/朝宮運河