病院で死ぬか? 家で死ぬか?
今から30年前、私は大学病院のかけだし外科医として、手術や抗がん剤治療に明け暮れる毎日を送っていました。そのころ目の当たりにした光景は、今でも思い出してつらい気持ちになります。
終末期の患者さんの多くは、抗がん剤などの治療で体がボロボロになった末、点滴や胃 ろうなどのたくさんのチューブをつながれて、病室のベッドの上で寝たきりとなっていま す。むくみで手足はパンパンになり、自力でトイレに行けなくなってからも、家族からは「頑張れ」「あきらめないで」と言われ続け、朦朧とする意識の中、過酷な延命治療の果てに亡くなっていくのです。
苦痛に顔を歪ませて亡くなっていった患者さんを前に、家族は涙を流し、「これでよかったのだろうか……」と後悔の念にも苦しめられ、医師や看護師は言葉もなく、病室にはただただ重苦しい空気が立ちこめるばかりでした。
そんなつらく悲しい死の現場に何度も接するにつれ、医療は終末期の患者さんに何ができるのかと考え、自問自答を重ねました。「緩和ケア」という言葉がないころから、つらくない終末期を考えながら外科医をしていたのです。
そして、外科医を17年で終わりにして、病院の終末ケアではなく、「在宅緩和ケア」という、誰もやっていない新しい分野を開拓する決断をしました。
私は14年前から「在宅緩和ケア」を自らの専門とし、これまで2000人ほどの患者さんを自宅で看取ってきました。その経験から、自宅できちんと看取ってあげれば、死は決してつらいものではないことを確信したのです。