もしも野球の神様がいたら
ベンチに戻っても、スタンドから自分の名前を呼ぶ声がやまない。こういう時にはマイクの前でファンに向かって何か話せばいいのかもしれないが、そういうことができる性格ではない。期待されても困るんだけどな……と思いながらも、走ってベンチから飛び出した。
スタンドのボルテージが一段と上がる。せめて感謝の気持ちを伝えようと、帽子を取って、右手を上げる。一塁アルプスからライトスタンドはもちろん、レフトスタンドから三塁アルプスまでも、見渡す限りの大観衆。本当に割れんばかりの鳥谷コールをいただいた。
「君がヒーローだ。鳥谷敬」
走ってベンチに戻ったあとも、バックスクリーンにヒッティングマーチの歌詞を添えた映像が映されていたらしい。さすがに、もう一度出ていくわけにもいかない。コンサートのアンコールじゃないんだから……。スタンドの声を背に、ロッカールームに引きあげた。
実は守備につきながら、もし野球の神様がいて、自分が何かをもっているとしたら、最後は打球が飛んでくるのではないかと思っていた。自分で言うことではないけれども、野球の神様に普段の姿勢を評価されたとしてもバチは当たらないはずだ。
だが、打球が飛んでこなかったので、やっぱり何ももっていなかったのかと思い、そのことを試合後の取材で話すと、インタビュアーの方にこう言われた。
「鳥谷選手にとって、今日が最後ではないからでは?」
確かに……。言われたとおりであってほしいと思った。
「甲子園でショートの守備につけるかどうかはわからないんですけど……」
「ここからまた、そのポジションに立てるようにやっていきたい」
写真/共同通信社