「人間にしかできないこと」の範囲はすぐ変わる

やや余談だが「AIができるようなことしかできないと、低賃金労働にしがみつくしかなくなる」という新井の理屈は、逆に言えば「AIが苦手なタイプの読解の課題ができると、失業せずに済んで高賃金の職に就ける」になるはずだ。

だが、これは成り立たない。AIが苦手なこと、できないことなどいくらでもある。しかしそれができるからといって経済的な価値を生み出せるかどうかはケースバイケースである。

2026年現在、AIの発展によって人間のプログラマは大量に解雇されている。一方で先進国ではブルーカラーミリオネアと呼ばれる、肉体労働で稼ぐひとたちがメディア上で注目されている。

ブルーカラーミリオネアは、べつにAIにできないような「意味」の理解など必要としていない。新井がしているのはホワイトカラーに限定された領域の話にすぎない。

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こういう批判に対しては「いや、『定型的な仕事』はAIの得意領域なので置き換えられる。しかし、『非定型的な仕事』はAIに置き換えられない」という反論がお決まりのものになっている。

ほんとうにそうだろうか。筆者はClaude CodeやCodex といったAIエージェントを日常的に用いているが、もはや定型的な仕事のみならず、人間でもどうアプローチするのか悩むような非定型的な仕事であっても、かなりの程度、生成AIは自らとりくみ方を考えて試行錯誤しながら実行する。作業の精度はタスクによってもAIのモデルによってもまちまちだが、それは人間もいっしょだ。

AIエージェントとは、人間が細かい指示を出さなくても、自ら状況を判断してタスクの実行から完了までを自律的にこなすシステム、サービスのことだ。

私のメールアドレスに「請求書を送ってください」という内容のメールが届いたら、AIエージェントがExcel を立ち上げて請求書をつくってPDFにして先方に送る、といった作業を代わりにやってくれる。指示すれば、以後、自動的にそうしてくれるプログラムを組んで実行する。

これは非常に簡単な仕事を任せた例だが、実際にはかなり複雑な作業も実行できる。

また、人間のほうに目を向けると、AIやロボットが苦手だとされている介護などの非定型的な業務、いわゆるエッセンシャルワークの給与は低い。また司書の給与も一般的には低い。したがって、

・非定型的な仕事をしているからといって、シン読解力が必要だという話ではない
・シン読解力があれば、非定型的な仕事ができるというわけではない
・シン読解力があれば、給与が高い仕事に就けるという保証はない
・非定型的な仕事の領域さえAIは侵食しつつある
 
そもそも「シン読解力がないと低賃金労働にしがみつくしかない」などという新井の脅し文句は、低賃金労働への蔑視が前提にあり、それ自体に問題がある。