資料へのこだわりと地道な「写経」
――もともと「火消」という存在自体に強い興味をお持ちだったのですか。
神尾 そうですね。「江戸東京博物館」によく足を運んでいたのですが、火消が使っていた「纏」の体験コーナーがあるんです。女性だと纏を持ち上げるのは重すぎてなかなか難しいのですが、上から鉄の鎖で吊るされた体験用の装置があって、実際に担ぐことができるようになっています。
十五キロほどの重さですが、長さがある分バランスを取るのが難しくて、体感としては数値以上に重く感じられます。水を含めばもっと重くなるはず。そうした体験を通して、火消の格好よさに魅了されていきました。もともとは落語の演目から火消に興味を持ったのですが、彼らが着ている刺子半纏などの衣装もファッションとしてすごく洗練されていて、格好いいなと思っていましたね。
――作中でも描かれていますが、実際の火消の仕事というのは、水をかけて火を消すというよりは、家屋を力任せに破壊していく、ダイナミックで荒っぽい作業だったのですね。
神尾 そうなんです。作中にも出てくる「竜吐水」という手押しポンプのような放水具は、ちょろちょろと水が出る程度のもので、火を消すためのものというよりは、現場の最前線で纏を持っている火消に水をかけ、熱から守るためのものなんです。
当時の日本には、水で火を消し止めるという発想自体がなく、火の進行方向にある家をあらかじめ打ち壊して空き地を作る「破壊消防」が主流でした。そういうわけで火消は荒くれ者の集団という一面がありました。
――だから新門辰五郎のように、侠客でもあるような人たちが担っていたんですね。
神尾 特に新門辰五郎の「を組」を含む「いろは四十八組」のような町火消はその傾向が強かったようですね。地域から「みかじめ料」のようなお金を受け取る代わりに、火事や事件から町を守るという自警団的な側面がありました。近代的な警察組織や消防組織が整備された今の時代から見れば否定されるシステムですが、当時の江戸においては、そうした人間関係の相互作用によって、一定の安全と秩序が保たれていたんですね。
――神尾さんの作品を読むと、日常では聞き慣れない江戸時代特有の用語や美しい言葉がたくさん出てきて、知る楽しさがあります。そうした歴史用語や背景の調査はどのように行っているのですか。
神尾 今はネットで何でも調べられる時代ですが、それだけでは不十分なので、国立国会図書館のデジタルコレクションなどを活用しています。自宅のパソコンからでは閲覧できない貴重な資料がたくさんあるので、本館へ足を運び、館内の専用端末で資料を閲覧して、必要な箇所をPDF化してプリントアウトしてもらうという地道な作業です。
そうした当時の一次資料を読み込んでいると、作中にも出てくる「為し合わせ」(人と人が互いに何かをし合うこと。しあわせの語源という説あり)のような、現代では使われないけれど、魅力的な言葉に偶然出会うことができるんです。そうやって見つけた使える言葉や表現は、すべて自分の手書きのノートに書き写して蓄積しています。
――ここでもやはり手書きのアナログなんですね。
神尾 そうなんです。手書きと言えば、剣戟などのアクションシーンを書くのが苦手だったので、好きな作家の文章をすべてノートに手で書き写すという修行のようなこともしています。たとえば、北方謙三先生の作品など、著者名とタイトルの横に文章を写経のように書き写すんです。そうやって手で書いて体内にリズムを馴染ませることで、「自分の言葉で書くとしたらどう表現できるだろうか」と考えることができました。
――『慶応四年、江戸炎上』でもその修行が生かされていますね。
神尾 今回意識したのは、一文を思い切って短くし、アクションのスピード感を出すことです。また、担当編集の方から「モブキャラクターを雑に扱わず、丁寧に描写したほうがいい」というアドバイスをいただいたので、襲いかかってくる浪人たちを一人ひとり意識しながら、一人ずつ数え上げるように描写するなどの工夫を凝らしました。
――戦いのあとに、江戸幕府による時代が終わる。それぞれが新たな変化に対応していかなくてはならない。現代人にとってはめまぐるしい変化への対応と重ねて読める作品でもあると思います。
神尾 時代背景としては、江戸時代の終焉を描いていますが、時代が変わっても人は生きていかなければなりません。でも作中には、新しい時代に置いていかれる人もいる。痛みをともなう新陳代謝が起きた時代に、新たに生き直そうとする人たちの物語として読んでもらえると嬉しいですね。
「小説すばる」2026年10月号転載














