誰もいない老人ホームのバーで
週に1回、日曜日だけ開くバー。毎日酒を飲んでいる私であるが、新たな出会いを期待して覗いてみる。おっと、いるじゃないか。カウンター席で1人で飲んでいる男。間隔を空けて腰掛ける。
「キューバリブレを」
「かしこまりました」
バーテンダーはコンシェルジュの女性がやっている。カウンターの男に話しかけてみようか。私より年上のようだ。
「ここにはいつから入居しているんですか?」と私。
「は?」
ややあって、こちらを向く男。もしかして耳が遠いのか?身を乗り出して、大声で聞く。
「ここには、いつから、入居しているんですか?」
「ああ、少し前にね」
「席、隣に移ってもいいですか?」
「どうぞ」
すえた匂いがする。老人の匂いだ。
男は元・大学教授で、東京の有名な私立大学で教鞭をとっていたという。私が会いたかった「インテリジェンスのある金持ち」だ。人を値踏みする目つきではあるが、私の不躾な質問にも答える。自分に興味を持たれるのは、まんざらでもないようだ。
「それにしてもこのホームは人がいないですね。このバーにいるのも私とあなただけだ。以前乗ったピースボートのバーでは……」
「ピースボート? ああ左翼の。ロシアから金が出てる」
ちょっと待てよ、聞き捨てならないセリフだな! 思わず私は声を荒らげた。「あんたなあ……」。
「脱原発、9条死守、核兵器廃絶、災害救助」。ピースボートの四大テーマは、たしかに左翼的な理念だ。ピースボートが左翼的であることは認める。でもロシアから金が出てるって? 一体どこの情報だ。私は左翼はやめたけれど、ピースボートのファンである。大切なものを侮辱されることは許せない。
「じゃあ何ですか、あんた、原発も賛成ですか?」
「ああ賛成だよ。何がいけない」
福島の事故を忘れたのか? 事故から10年経った今も、収束の見通しは立っていない。
原発を維持する莫大な費用は、電気料金に上乗せされ、国民が払わされている。国も電力会社も責任は負わない。こんな理不尽な話があるか。
男は鼻で笑うように言った。
「そういう君だって、原発に反対しながら電気を使ってるじゃないか」
それは話が違うだろう。こんなのが大学教授か? やめたやめた。
「……おかわりいかがですか?」
女性バーテンダーが小首を傾げてみせた。
やってしまった。ここは歌舞伎町のトークライブハウス「ロフトプラスワン」ではないのだ。
誰もいない老人ホームのバーで、原発の話をして何になる。私は石のように押し黙った。












