今年の『24時間テレビ』が視聴者に突き付けたもの

『24時間テレビ』全体を見渡してみると、そこでは数々の家族の関係が取り上げられていた。障害のある子とその親。能登半島地震で被災した飲食店を再建する親子。喉頭がんで声を失ったつんく♂ とそれを支える家族の実話をもとにしたスペシャルドラマ。そして、先天性の障害のある娘をもつ星野真里のチャリティーマラソン。

そこには、さまざまなトラブルがありつつも、簡単に離脱できない家族のなかに留まり、それぞれの生活をなんとか成り立たせようとする人たちがいた。

家族とは、たぶんそういうものなのだろう。完璧なメンバーが揃って、完璧な時間を過ごすことではない。むしろ、大小さまざまなアクシデントをひっくるめて、誰かがその場を引き受け、どうにか成立させることだ。日常へと戻し、生活にしていくことだ。

一方、画面に映る人たちと「家族」ではない私たちは、そこから逃げることができる。場合によっては、番組全体を「偽善」の一言で処理して立ち去ることもできる。

感動のフィナーレ(画像/『24時間テレビ』公式SNSより)
感動のフィナーレ(画像/『24時間テレビ』公式SNSより)
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さまざまな家族の姿を受け止め、家族ではない者として、どれだけ連なることができるのか。「わたしの家族の話」を、「わたしたちの社会の話」につなげられるのか。そんな問いを、私たちは突きつけられていたのかもしれない。

文/飲用てれび