「ミスリード」を促す財務省の資料
今年4月の財務省資料に話を戻す。ここで財務省が主張している内容は、天野氏が指摘しているとおり、「透析患者さんの負担を、多数回該当の金額を支払っている人の負担に合わせないと不公平ですよね」という論旨だ。
図3の右下にある「人工透析患者に対する意識調査の結果」という部分では、「当事者の多くも、医療費負担の分かち合い・支え合いの在り方に対し問題意識を持っている」と太字で強調し、その論拠として「透析医療費を誰がどの程度負担するべきか」という問いに対する回答「少し考える必要がある(54.4パーセント)」「大いに考える必要がある(20.4パーセント)」を円グラフで示している。
財務省資料のこの部分を読む限りでは、「もう少し患者負担を増やしたほうがいいのではないか」と、多数の透析患者自身が考えているアンケート結果のようにも読めてしまう。
上記財務省資料には、このアンケートの出典が公益社団法人日本透析医会・実態調査検討ワーキンググループ「2021年度血液透析患者実態調査報告書」であることが示されている。そこで、この報告書にも目を通してみた。すると、医療費負担に関するアンケート結果については、以下のように記されていた。
[図2:「2021年度血液透析患者実態調査報告書」(P44)より]
報告書を最初から読み進んでいくと、財務省資料の示唆とは異なって、多くの透析患者が経済的な負担の重さを訴えていることが明確に見て取れる。上で紹介した「少し考える必要がある」「大いに考える必要がある」という回答については、治療に必要な負担(公費/保険/自己負担)を患者自身が認識して熟慮する必要がある、という意味であることもわかる。
さらに、報告書のまとめ(P45)には、「医療費の自己負担が透析患者の生活を直接的に圧迫している可能性が高いことから,負担軽減のための早急な対策が必要である」という見解も記されている。
つまり、この報告書から読み取れることは、透析治療当事者にかかる様々な負担(医療費、通院の交通費、治療回数や時間)の重さであって、財務省資料が記すような「特定の疾病についてのみ自己負担限度額を大きく抑制していることについて、見直しの必要性を含めて検討していくべき」ことの論拠になるようなものではまったくない。
まるで患者自身が自己負担引き上げに賛成しているかのようにミスリードさせる、しかも、「問題意識を持っていることがうかがえる」という婉曲表現をあえて用いる財務省の資料引用は、きわめて悪質で姑息な方法というほかない。
財務省のこの特定疾病制度に関する姿勢は、同省が「骨太の方針」に向けて提言する6月26日の建議「人口減少と不確実性の時代における国力の強化と財政運営」にも盛り込まれた。そこでは、特定疾病についてわざわざ項目を設け、以下のように記している。
[図3:2026年6月財務省建議(P68)より]
この建議でも、天野氏が指摘していた「他疾患の患者との公平性」という文言が登場している。
それにしても本当に不思議なのだが、じっさいに様々な疾患治療で高額療養費制度の多数回該当を利用している人々が「人工透析患者や血友病の人は月額1万円でずるい。彼らの自己負担をもっと引き上げるべきだ」と考えるものだろうか。
治療をしながら生活してゆくことの大変さ、そして「諸外国と比べてもこのような恵まれている制度を擁している国はほとんどない」という厚労省の自画自賛(「高額療養費の見直しの基本的な考え方」P2L17)に反して、じつは高額療養費制度の自己負担額が非常に高額であることを誰よりもよく知っているのは、多数回該当の利用者たちだ。
そんな多数回該当利用者が、「人工透析患者は自分たちのようにもっと経済的に苦しい思いをするべきだ」と主張するとは、とても考えにくい(もちろん、なかにはそういう人が多少はいるかもしれないことは否定しないけれども)。
多数回該当の金額を16年以上延々と支払い続けてきた自分自身のことを振り返っても、透析患者の自己負担が月額1万円ですんでいることをずるいと思ったことは一度もない。
むしろ考えが及ぶのは、特定疾病患者の特例措置をまるで財源のブルーオーシャンであるかのように見なし、ここからさらに金を搾り取れると目をつけた財務省の冷血さのほうだ。
ともあれ、建議はあくまでもその段階での財務省最大限の要求で、かなり厳しい内容のものでもあえて盛り込むことがある、という。実際に、この建議後、7月21日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2026」(骨太の方針)では、特定疾病に関する財務省の提言は採用されておらず、ひと言も言及してない。
さらに、7月16日の参議院厚生労働委員会では、山内かなこ議員(立憲)がこの件について質問で取り上げた際に、上野賢一郎厚労相は「厚生労働省としては現時点でその見直しは考えておりません」「仮にそういったこと(特例措置〈見直し〉の提案)があった場合にはですね、当然、患者団体の皆さん等のご意見も踏まえて、という形になろうかという風に考えております」と答弁している。これはつまり、厚労省としては当面の間、財務省の提言を「前向きに」受け止めるつもりはない、という意思表示だと理解していいだろう。
この質疑応答で上野厚労相が「患者団体の皆さん」という当事者たちも、今回の財務省提言には明確な反対意志を表明している。
一般社団法人全国腎臓病協議会が7月15日に発表した『高額療養費制度における長期高額疾病に係る特例の見直しに関する意見書』では、財務省が都合良くミスリード的に引用した上記紹介のアンケート結果について、「この回答は、透析医療費や制度の持続可能性について患者も関心を持ち、考えていく必要があるとの認識を示したものであり、特定疾病制度における自己負担限度額の引上げへの賛意や容認を示すものではありません」と、財務省の解釈を全面否定。
さらに、「特定疾病制度の自己負担限度額の見直しは、医療保険制度内の問題にとどまらず、関連する公費負担医療や自治体の医療費助成制度にも影響し得ます。そのため、患者の受療継続への影響や関連制度との関係を十分に検証しないまま、自己負担限度額の引上げありきで結論づけるべきではありません」と、財務省の姿勢に釘を刺している。
また、日本難病・疾病団体協議会は、7月24日に『特定疾病に係る自己負担限度額見直しの検討について』という声明を発表。
その中では、「長期にわたり治療が必要な患者の就労状況をはじめとする生活実態等を考慮しないまま、負担増を前提とした検討を行うことは、患者や家族の不安を増大させるだけでなく、社会保障の根幹である『生存権の保障』を損なう恐れがあることを大変危惧しています」「『病気や障害による障壁をなくし、一人ひとりが人間としての尊厳が大切にされる社会』を願う弊会として、当事者の声に真摯に耳を傾け、患者が安心して治療を受け続けられる制度の維持継続のための慎重かつ丁寧な検討がなされることを求めます」と、財務省が目指そうとしている方向の誤りを糺している。
このように当事者団体からの反対意見が相次ぎ、今回の「骨太」には記載がなく厚労省も財務省の提言をかわしているからといって、しかし、安心してしまうのは早計だ。公費支出を絞る候補として財務省が特定疾病に目をつけたことは間違いなく、これからも様々な形で手を替え品を替え、特定疾病の特例措置をはじめ、高額療養費全般の自己負担引き上げを、隙があれば「提言」してくることは充分に考えられる。今後の財政審の動きや、12月に公開される2027年度予算案に向けた財務省建議の内容にも、我々は注意を怠らず気を配っておく必要があるだろう。
文/西村章













