──現在と近い時代を書いて、これまでの作品との違いはありましたか?
佐藤 ありましたね。ご子孫が現代社会で生活していらっしゃって、保育園も存続しているので、失礼のないようにというのは心がけました。史実の部分を大事にしつつ、史実でわからない部分を私の込めたい思いや想像で膨らませても、関係者の方々が不快にならないように気をつけました。実のところ、この作品は想像の部分の方が多いんです。人物の年齢や保育園のあった場所、「守孤扶独幼稚児保護会」ができた年や経緯のような骨の部分は史実ですが、ストーリーの部分はほとんど私の想像です。
──時代が近いなりの面白さ、楽しさというのはあったのでしょうか。
佐藤 それもありました。たとえば直二郎が天津に赴任するシーンです。出発する新潟港では埠頭の修築工事が進んでいて、ナカは直二郎が帰国する頃には新しい新潟港が彼を迎え入れるはず、人も街もどんどん変わっていく世の中は、この先、どこへ向かっていくのだろうと、想像するんですけど、それからの日本が向かった先が今であるということが、近代だからこその地続き感だと思いながら書いていました。近いからこそ、今の人たちに考えてもらえたらというのはありました。
──本当に考えさせられて、今もどんどん変わっているのに、変わってない、どうしてこんなに根深いのだろう、と思うところが多々ありました。それぞれに望みを抱いていたはずなのに、世の中はきな臭くなって、第二次世界大戦へと突き進んでしまった。それでもやっぱり、望む、こうなってほしいと思い続けるのは大事なのかなと。
佐藤 そうですね。理想論はいつまでもあっていいと思うんです。「守孤扶独幼稚児保護会」という名前自体が理想であり、今も問いかけてくる課題であり、この作品を通していろんなことを感じてもらえたらと思っています。大人たちは、みんなどこか余裕がなくて、社会全体に寛容さがなくなっていく、そんな危うさ、閉塞感、明るい未来が描けない不安感のようなものは、ナカと鍾美が生きた時代と似ていると思いながら、ラストシーンを書きました。
親と子に向けられる視線は変わらないのに、世の中だけが目まぐるしく変わっていく感じがあって、この作品では、小説の役割についてもだいぶ考えましたね。この作品を通して世に問いたいとか、そんな大それたことではないんですけど、社会的なテーマを持った作品だったので、そもそも保育ってなんだろう、と、ほんの少しでも立ち止まって想像してもらえたらいいですね。それはやっぱり小説だから、エンタメだからできることかもしれないと。保育園と関わりのない人にも手に取ってもらえる小説だからこそ、書く意味があると思いました。
──今回はほぼ全体をナカ視点で書いていらっしゃいますが、男性視点と女性視点では、書く際に違いはあるのでしょうか。
佐藤 違いますね。自分も女性なので、女性視点だと、どんどん自分が入っていっちゃうんです。今回は、冒頭と最後を除いてずっとナカ視点で書いたので、自分の感情が入りすぎないように、小説として軌道修正したりしました。女性視点のときは、自分が入ってしまうのが面白くもあり、しんどくもあります。逆に、冒頭と最後の「私」の視点のところは俯瞰して書けました。冒頭と最後を「私」の一人称で書いて、本編をナカ視点にしたのは、取材のあとに思いついた構成なんです。鍾美とナカは終戦前に亡くなるんですが、赤沢保育園は、戦中戦後の一番大変だった時期でも存続していたことを書きたかったんです。ナカと鍾美の物語だけだとそこまで到達しないので、戦後のシーンから始めて、真ん中にナカと鍾美の物語が入る構成にしたら、戦中戦後も子供を守る人がいたことが伝わると思いました。
終戦の直前に、新潟市にも原子爆弾が落とされるかもしれないという知事布告が出されて、市民が一斉に疎開して、戦後まもなくの赤沢保育園に園児は数名しかいなかったというのを資料で読んで、そんな中でも子供を守る灯を絶やさなかったのはすごい覚悟だと思ったんです。どんな社会情勢になろうと、子供を保り育てることが必要とされなかった時代はない、そう思って、この構成にしました。「私」の視点で冒頭のシーンが始まって、明治にさかのぼってナカ視点の本編に入ると、あの「私」は誰なんだろう? になる。そして、最後にその答えがわかる。サプライズというか、読者を驚かせたかったので、冒頭と最後の一人称は「私」で統一しました。ラストシーンに登場するもうひとりの人物が誰なのかは、読者のご想像にお任せしたいと思います(笑)。
──赤沢保育園のホームページを見ましたら、園歌に“汽笛”のフレーズがありました。タイトルはここからなのかなと。
佐藤 取材に行ったとき、新潟港から出港する佐渡行きの船の汽笛が聞こえて、印象に残りました。園歌も素敵な歌詞なんです。明治の頃を想像させる汽笛が今も聞こえているという、そのつながり自体が私の書きたかった物語、世界観そのものだと思って、そこからタイトルをつけました。
「小説すばる」2026年8月号転載














