海部政権が開いた「連立時代」は今も続く
「小沢先生は政治、国会改革の信念をお持ちでした。いろんな批判もあり、私にもそれはありましたけれど、政治を動かす行動力はたいしたものです。小渕内閣で小沢先生の自由党と自民の自自連立が成立しましたけれど、 野中広務先生に『魔と手を握ってでもやる』と言わせたくらい。
その後、自民党が民主党に政権を渡した谷垣禎一総裁時代に私は党の幹事長を拝命して民主党の小沢先生と対峙しました。人生の宿命というか、時代の巡り合わせといえばいいのでしょうか、さまざまな思いが巡ります」
大島は小沢一郎に対して一定のリスペクトを示す。が、小沢自身は年齢のせいもあるのだろうが、90年代に政界再編を仕掛けたかつての神通力を失っている。反面、現在は小沢のような存在感のある政治家がいなくなったのもたしかだ。
小選挙区制になって自民党内も派閥が勢力を争う必要もなくなった。善悪はおき、政治家がそうした権力闘争の場で成長した面も否めない。大島が指摘する。
「一言で申し上げますと、冷戦終息後、共産主義や社会主義に対する国民の皆さんの選択としてのイエスが消えました。その代わりに面白いところに一票を入れてみようとなりました。それに対してポピュリズム批判もありますが、事実として国民の選択の幅が広くなったといえます。
それがいわゆる価値観の多様化であり、結果として海部内閣以来、政治の世界で明確な単独政権が成り立たなくなったのです。自民党単独政権は橋本内閣のほんのわずかの期間しかなく、基本的に連立政権の時代が訪れました。
社会党が選挙に勝って土井たか子さんが『山が動いた』と名言を残しましたけれど、マドンナブームのような状況が今にいたるまでずっと続いているのです。
しかし、皮肉にも野党の諸君はそのあと連立を組んでまで戦う覚悟を持てなかった。そこに今の悲劇があります。自民党は党内でいくら喧嘩していても、大人の政党として最後は我慢します。我慢、忍耐を繰り返しながら組織を守っていく。
人間の業をどうやって整理、整頓しながら世の中を安定させるか、そのうえで物事を前へ進めるのが政治の仕事です。そこでは現場の経験値が生きてくる。そこが野党と自民党の違いでしょう」
大島はこうも言う。
「よく政治テーマになる対立軸がなくなったと言われますが、探せばあるはずです。核の問題もあれば、世界経済、外交、安保……。今度のG7サミットを見ていると、フランスのマクロンはすごい。G7への出席を嫌がっていたトランプを参加させて、イランとの停戦合意にまでまとめていった。
今はかつてのようなG7やG8ではない。反グローバル世紀におけるアイデンティティを確立する戦いが始まっています。そのなかで日本はどう外交を展開するのか。これ一つとっても政治には大きな役割があるでしょう」
日本政界は1990年以降、すっかり様変わりしたが、ある意味、それも必然といえる。そこにどう対処できるか、政治家の力量が問われている。(敬称略)
取材・文/森功













