引き上げの大義名分は「公平性」?

天野 財務省といえば、高額療養費に関連したことでは、4月末の発表資料(持続可能な社会保障制度の構築(財政各論Ⅱ))で特定疾病の特例措置(人工透析や血友病、HIVなどの患者は1ヶ月の自己負担上限額を1万円に抑える制度)を「見直しの必要性を含め検討していくべき」と提言していました。

西村 実にさりげなく忍び込ませていましたが、あの提言はなぜ入ったんでしょうか?  特定疾病の自己負担引き上げは、昨年冬の専門委員会でも提案した委員がいて、その際に天野さんたちが猛反対してSNSでも大炎上しました。それを財務省の財政審があそこでさりげなく蒸し返してきた理由は、いったい何なんですかね。

天野 その提言が記された資料では「(他疾患の患者との)公平性」という言葉が使われていますが、今の社会保障の議論で「公平性」という言葉が出てくると負担減ではなく、ほぼ確実に負担増の議論になってしまいます。

たとえば西村さんのように高額療養費で多数回該当の対象となる患者さんは、1ヶ月に最低でも4万4400円を支払っていますよね。一方で特定疾病の対象となる患者さん、例えば毎月人工透析を受けているような方の月額の自己負担上限額は1万円、あるいは収入の多い方でも2万円です。この状態を不公平だという指摘が出ると、今の社会保障の議論では、多数回該当の対象となっている人の負担を下げましょうという方向にはなりません。「透析患者さんの負担を、多数回該当の金額を支払っている人の負担に合わせないと不公平ですよね」という議論になってしまいます。

西村 〈見直し〉という言葉を使うときは必ず負担を引き上げる方向でしか検討しない、ということと同じですよね。

天野 だから、「公平性」という名のもとにすべて引き上げになっていきます。

西村 「日本の医療保険制度は外国と比べて恵まれている素晴らしい制度だから、もう少し負担金額を引き上げても大丈夫なんだ」というロジックですね。

天野 その理屈は間違っていて、先ほども言いましたけれども、患者の自己負担だけを見ればヨーロッパはむしろ日本よりもはるかに低いんですよね。そういう事実を踏まえたうえで、これからの日本の制度をどうするか検討していただきたいと思います。事実と異なる論拠や感情論で議論を進められてしまうことは絶対に避けなければならない、というのが私の基本的な考えです。

西村 社会保険制度を採っている国はどこもそれぞれ苦労があるでしょうが、日本は「負担能力に応じた負担」といいながら保険料負担は保険者によって差が大きいし、保険の給付サイドでもさらに応能負担原則だといって、収入区分で負担額が大きく異なります。高額の保険料を納めている人だと、二重取りされているような気持ちになるでしょうね。

天野 本や記事で西村さんもよくおっしゃっているとおり、社会保障全体のグランドデザインをどうするのかという議論が十分に行われないまま、つまみ食いのように高額療養費の議論をしているので、先行きが見えないんですよね。今後、どれだけの負担を強いられるのかもわからないし、これから進んでいく方向の予見性もないので、国民が不安を抱えるような構造になっていると思います。

医療費の歳出を抑えるためには、おおざっぱにいうと患者の自己負担を増やすか、保険給付を減らすか、あるいは公費を投入する、という3つの方法しかないなかで、そこからどの道を選ぶのかという国民的な議論が必要なのですが、そこがまったく曖昧なまま進んでいるように思います。にもかかわらず、公的医療保険の中核部分である高額療養費の患者負担をつまみ食いのように引き上げているので、非常に問題が大きいと思います。

西村 議論をすればいいと思うんですよ。いろんな意見があっていいわけだから。なのに政府も、そしておそらくメディアも、その議論をしようとしないですね。

天野 高市さんは社会保障国民会議を立ち上げましたけれども、国民会議というのであれば、ああいう場でグランドデザインの話をすべきだと思います。でも、そういう話は一切ないようですね。

医療の世界で「はやい・うまい・やすい」の達成は難しい?

「受診抑制効果を見込むということは、つまり患者さんに死ねということ」患者の自己負担だけを見れば日本は世界的に恵まれているとは言い難い…高額療養費制度にまつわる政府のウソ。_3

西村 日本の医療保険制度は、誰でもすぐに診察してもらえる「フリーアクセス」という面では世界でも非常に優れていると思います。ただし、その支払いという面になると、今まで話してきたとおり、世界でもけっして優れているわけではないですね。

天野 おっしゃるとおりで、吉野家で言うところの「はやい、やすい、うまい」つまりアクセス、コスト、質を三つとも満たすことは医療の世界では難しいとされているんですよね。だから、患者さんの自己負担についてはけっして安くないということを、もっと広く知っていただきたいですね。

西村 「はやい」と「うまい」は達成できているわけですからね。

天野 この8月から導入されることになった年間上限の金額も、専門委員会では金額の決め方には検討の余地があるという指摘が有識者委員からも出ているので、将来的にはあの金額もさらに細分化する議論はありえると思います。

西村 年間上限の金額は、できれば下げる方向で検討をしてほしいんですが、政府や厚労省の姿勢を考えると、上げる方向の検討はあっても下げる方では検討されないのではないか、と考えてしまいますね。

天野 年間上限金額は多数回該当の12ヶ月分を基準にしていて、ボリュームゾーンの年収層なら多数回該当の4万4400円に対して、年間上限は53万円になっています。厚労省の方々も苦労しているのだなと思ったのは、多数回該当12ヶ月分よりも若干安くなっていることをすごく強調されていてですね……。

西村 せいぜい数千円程度ですよね(註:正確には2800円)。

天野 そう。それを「下げたんです」と強調されても、とは思いました。つまり、厚労省はそれほどシビアな感覚で予算を算定している、ということでもあるんですけれども。

与党議員の方々と話をしていた時には、この年間上限をさらにもう一段階下げる措置があってもいいのではないか、とおっしゃっている方々がいました。要するに、西村さんのように何年も治療を続けている人はずっとその金額を払い続けるわけだから、さらに下げる仕組みがないと厳しいだろう、ということです。

西村 年間上限にも多数回該当的な考え方を導入する、ということですね。

天野 ……という議論はありました。ただ、さきほども言ったように、負担を下げるという話になると、ハードルはかなり高いです。

西村 議員の話で思い出したのですが、高額療養費を考える超党派議員連盟って今はどうなっているんですか? 2月の衆議院選挙では、議連に参加していた野党系の人たちはかなり落選してしまいましたが。

天野 現在、参議院で議論されている健康保険法の改正案が決着すれば、与野党が集まって議連を久しぶりに開催できるのではないかと思います。今、与野党でおそらく論点が一致しているのは、運用上の課題ですね。

西村 先ほども触れた、保険者の移動で多数回該当がリセットされる件や診療科ごとの合算問題などですね。

天野 その部分については与野党で意見の相違がないので、一刻も早い改善を目指して協議していただきたいと思います。議連に参加されていた野党の衆議院議員は、残念ながら多くの方々が落選されてしまったので、これから与野党の超党派議連メンバーでリブート(再起動)していただく、という感じでしょうか。