14歳のマイケル
西寺 湯川さんとは普段から仲良くさせていただいていて、マイケルについても何度も語り合っているのですが、今日は映画『Michael/マイケル』の公開記念ということで、いくつかのファクターに絞って、改めて彼の人生を振り返ってみたいと思います。まず、湯川さんがマイケルの存在を知ったのはいつ頃ですか?
湯川 ジャクソン5が出てきた頃ですね。当時、彼らは来日公演も行っていて、そのときにインタビューもさせていただきました。1973年のことです。
西寺 ちょうど僕が生まれた年ですね。当時のマイケルは14歳だったはずです。
湯川 そうですね。目がクリクリしていて、利発で可愛らしい男の子でしたよ。ただ、お父さんがとても厳格な方でね。私とマイケルが話していると、横で壁に寄りかかって監視しているんです。マイケルは時々、お父さんのほうをチラチラと見ながら話をしていました。まずいことを言うと、後で𠮟られるんでしょうね。
西寺 その辺りの恐怖は映画にも描かれていましたね。僕がマイケルを知ったのは1983年、小学4年生の9歳のときです。テレビで見た「ビリー・ジーン」や「ビート・イット」のミュージックビデオをきっかけに、アルバム『スリラー』(82年)やジャクソンズ(ジャクソン5から改名)のアルバム『ヴィクトリー』(84年)など次々と手に入れて聴きこみました。
ちなみにこの2枚は湯川さんがライナーノーツを書かれていて、特に『スリラー』の一文「マイケルがいつかギネス・ブックの記録を書き換えるかもしれない」という言葉は、まさに「予言」です。実際、その通りになりましたからね。
湯川 郷太さんはマイケルのコンサートにも足しげく通っていたんでしょう?
西寺 92年の「デンジャラス・ツアー」の日本公演は全部行きましたし、96年の「ヒストリー・ワールド・ツアー」来日公演にも足を運びました。特に大学生だった頃に体験した「デンジャラス・ツアー」はいい思い出ですね。
実はこの日本公演で搬入・搬出のアルバイトをしていたんです。現場に入ったら、僕が英語を話せてマイケルに詳しいということで、スタッフ間の通訳兼連絡係のようなポジションを任せられまして。おかげで当時のバックバンドのドラマー、リッキー・ローソンやギタリストのジェニファー・バトゥンとも直接話すことができました。
「スムーズ・クリミナル」でマイケルが前方に傾く動きの秘密が当時は謎で。靴を床の溝にはめていると知って、大興奮したり(笑)。
湯川 貴重な体験ですよね。舞台裏に深く関われる人はなかなかいませんから。
西寺 いやいや、湯川さんには敵かないません。マイケルとは何度も話していらっしゃるし、エルヴィス・プレスリーにキスをしてもらったこともあるお方ですから。エルヴィスに関しては、映画『エルヴィス』(2022年)の字幕の日本語監修もされていましたね。
湯川 実は今回のマイケルの映画もお声がかかっていたんですが、残念ながらどうしても都合がつかなくて、参加することは叶いませんでした。












