エルヴィス・プレスリーへの複雑な思い
西寺 マイケルとエルヴィスといえばポピュラー音楽史に偉大な功績を残したスーパースターですが、二人にはある種の〝因縁〟がありますね。
湯川 ええ。マイケルは過去にエルヴィスの曲のタイトルを使おうとしたことがありますし、エルヴィスの娘、リサ・マリー・プレスリーと結婚していた時期もあります。
西寺 エルヴィスのタイトルを使おうとした件について、湯川さんはマイケルと議論を交わしているんですよね。
湯川 1980年にジャクソンズがアルバム『トライアンフ』を出した頃、アメリカのCBSレコードでメンバーにインタビューする機会があったんです。このアルバムにはマイケル作の「ハートブレイク・ホテル」、後に「ディス・プレイス・ホテル」と改題される曲が収録されていました。
「ハートブレイク・ホテル」といえば、エルヴィスが初の全米1位を獲得した曲とまったく同じタイトル。エルヴィス・ファンにとっては、彼を世界的なスターに押し上げた神聖な題名です。その同名異曲を作るだなんて、ずいぶん大胆なことをするんだなと思いました。
それを本人に伝えたら、マイケルは強い口調でこう言っていました。「僕はタイトルを盗んでいない。エルヴィスが僕ら黒人の音楽を盗んだんだ」と。
確かにエルヴィスは、アメリカ南部のゴスペルやブルースに影響を受けた人物です。でも盗んだというより、彼がいたからこそゴスペルやブルースといった黒人音楽が広く一般的に知られるようになった側面もあります。
エルヴィスのような存在がいなかったら、マイケルも世に出て来られなかったかもしれません。そう返すと、マイケルは鋭い視線で、「でもエルヴィスは僕らの音楽を盗んだんだ!」と主張していました。
西寺 マイケルがそう答えた背景には、いくつか理由があると思います。まず、ソロ・アルバム『オフ・ザ・ウォール』(79年)の評価です。アルバム自体は大ヒットしていたのに、リリースのタイミングが悪く、グラミー賞では十分に評価されなかった。
グラミーの投票権を持つ人は音楽業界で力を持つ白人男性の割合が高くて。マイケルは人種差別によって自分の音楽が正当に評価されていないと感じたんでしょう。
ビー・ジーズの『サタデー・ナイト・フィーバー』(77年)がヒットしていた影響もあるかもしれません。白人が黒人由来のダンスミュージックを取り入れて世界的ヒットを作ったことに対して、「自分たちの音楽が利用されている」という複雑な思いがあったかもしれない。
湯川 時期の問題もありますよね。
西寺 確かにタイミングも悪かったです。エルヴィスが亡くなったのは1977年で、マイケルが「ハートブレイク・ホテル」(「ディス・プレイス・ホテル」)を発表した当時、まだ追悼ムードが続いていたようですね。仮にクイーンのフレディ・マーキュリーが亡くなった直後に、誰かが「ボヘミアン・ラプソディ」という曲を出したら、やはり批判されたでしょう。それと同じ構図ではないか、と。
いずれにせよ、当時のマイケルは人種問題にフォーカスしていて、白人最大のスターであるエルヴィスを〝仮想敵〟として捉えていた可能性がありそうですね。
湯川 象徴としてのエルヴィスを超えたいという思いは確実にあったでしょうね。マイケルが「キング・オブ・ポップ」と自称したのは、エルヴィスの称号「キング・オブ・ロック」を意識していたのは間違いありません。一方で憧れのような感情もあったと思います。でないとエルヴィスの娘であるリサ・マリー・プレスリーと結婚するなんてことはしないでしょうから。
西寺 二人が結婚したのは1994年。シングル「ユー・アー・ナット・アローン」(95年)のMVでは貴重なツーショットを見ることができます。残念ながら結婚生活は長続きせず、96年には離婚してしまいますが。
湯川 リサ・マリーの回顧録『From Here to the Great Unknown』(2024年/未翻訳)を読むと、マイケルとの結婚生活はとても幸せだったようです。印象的だったのは、マイケルがとてもよく喋しゃべる人だったという話。
彼女は引っ込み思案で寡黙なタイプだったようですが、マイケルは話し上手で、いつもいろいろなことを語って和ませてくれたそうです。そして、「僕も君のお父さんのような死に方をするのではないか」と不安を口にしていたとも書かれていました。
西寺 その言葉はスーパースターゆえの不安かもしれませんね。ナンバーワンになった人間にしかわからない孤独や焦燥があったのではないでしょうか。
元力士の花田虎上まさるさん(若乃花)がおっしゃっていたのですが、大関まではものすごく相撲が楽しかったのに、横綱になった途端、面白くなくなってしまったそうです。
周囲からは勝って当然と思われるし、常に後ろから追われるような感覚を抱きながら、「自分にとっての天井はどこにあるのか?」という思いに囚とらわれていたと聞きます。世界的な頂点を極めた後のマイケルの心中は想像を絶します。
そんなときに出会ったのがリサ・マリーだった。彼女はエルヴィスの娘ですから、当然スーパースターの孤独や苦悩も理解できたはずです。二人は心の深いところで理解し合える仲だったのかもしれません。
(集英社クオータリー『kotoba』2026年夏号より一部抜粋)
取材・文=尾谷幸憲 撮影=タイコウクニヨシ













