痛みは、いくらAIにアドバイスをもらっても解決しない

山本 パーソナリティ障害は、なぜAIによってフォローしきれないのでしょうか?

益田 従来、精神科ではパーソナリティ障害のある方に対して環境整備や認知行動療法などを行ってきました。つまり、人間が話を聞き、問題を整理する部分に時間を費やしてきたんです。今、その部分はAIで代替できるようになってきました。

その結果、いよいよ生々しい人間性の部分と対峙する必要が生じてきたんです。それは、例えば「自分の感情をコントロールできない」「頭ではダメだと分かっているけど、ホストにハマってしまう」といった悩みです。

ただ正直、感情のコントロールができない人に「落ち着こうとしても、落ち着かないんです。どうしたらいいですか?」と聞かれても、答えようがありません。だから、「30分深呼吸して、泣き続けるしかないですね」と伝える。そうすると、「やっぱりそうなんですね」となるわけです。

頭では分かっているけど、心が乱されることってありますよね。僕は元自衛官なのですが、行軍訓練では足が痛くても歩くしかない。精神的な痛みも同じです。片思いや失恋の痛みは、体験しないと分からないでしょう? 痛みは、いくらAIにアドバイスをもらっても解決しません。

益田医師(撮影・瀧澤国敏)
益田医師(撮影・瀧澤国敏)
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山本 AIはその痛みを理解し、解決方法を伝えられないのでしょうか?

益田 AIもデータ上はそういった痛みについては理解しています。中学生が片思いで失恋したら「○%の人は1カ月ぐらい落ち込む」とか「成績が○%落ちる」といった、数字的なものは人間以上にインプットされている。けれど、AIは痛みを取り除いてはくれません。結局、耐えるのは人間自身です。

だから、「あの人も私も同じように痛みを感じたんだ」と他人に言われることが、これから価値を生むことになるはずです。でも、「骨折して、痛み止めを飲んでも痛い。どうしたらいいですか?」「それはどうしようもないので、6時間耐えてください」とAIに言われてもいまいち納得できない。だから、人間の医者から「僕が同じ怪我をしても、痛みに耐えるしかありません」と言われて納得するわけです。

「精神科医も、ネットに悪い口コミを書かれたら腹が立ちますよ」と言われたら、「ああ、みんなやっぱりそうなんだな」と腹落ちするじゃないですか。だから理屈で説明できることはAIに任せるとしても、最後の「その痛み、俺も感じたよ」「いや、俺もそうだったよ」と寄り添い、言葉を伝えることだけが痛みを感じている患者に対して人間ができることとして残っていくのではないでしょうか。

山本 AIは24時間いつでも寄り添って気兼ねなく悩みを聞き、相談に乗ってくれます。すぐに回答してくれるし、回答もスマートです。しかし、身体をもって痛みを感じることはできない。人間はすぐに回答できないことも多いし、感情的に不完全で、愚かな失敗もする。でも、痛みを感じる身体を持っています。AI時代だからこそ、そんな人間の意味が生まれてくるということは面白いですね。

『母を愛していても理不尽な要求は断っていい、とAIは言った。 未来予測:わたしたちとAIはどう生きるか』(集英社インターナショナル)
博報堂 メディア環境研究所,山本 泰士
『母を愛していても理不尽な要求は断っていい、とAIは言った。 未来予測:わたしたちとAIはどう生きるか』(集英社インターナショナル)
2026/7/6
1870円(税込)
192ページ
ISBN: 978-4797674835
世界4都市の調査で分かった感情領域を支える「愛着AI」の存在。ある女性は、お金の無心ばかりする母親との関係をAIに相談。AIは「母を愛していても、理不尽な要求は断っていい」と語り、関係を壊さずに断るための巧妙なメッセージ文まで提案する。
豊富な事例と最新技術解説、専門家との対談から、人類とAIの新たな“関係性”を探る1冊。

【本書の主な内容】
●世界主要4都市のAI利用の実態調査
●AI研究者・今井翔太氏との対談
●世界の最新技術見本市「CES2026」レポート
●精神科医・益田裕介氏との対談
●博報堂DYホールディングスChief AI Officer 森正弥氏との対談
●「前向きにひらき直った」私たちの未来予測
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