「叱ってくる上司」こそ大切にすべき理由
環境を変えるとき、最も重要なことをお伝えします。
叱ってくれる人がいるなら、その人がいる環境を選べ。
これに尽きます。
これまで出会った上司や先輩の中で、感謝している人を思い浮かべてください。
その人は、あなたにどう接してくれていましたか? 一言で表すと、どんな人でしたか?
多くの場合、真っ先に浮かぶのは厳しかった上司や先輩です。そして、自分の成長とセットで思い出すことができます。
「あのときものすごく叱られたな。でも、そのおかげで成長できた」
「毎日ダメ出しされてへこんだけど、あの上司がいてくれたから今がある」
厳しく育ててもらったことへの感謝は、何年経っても消えません。そして仕事ができる人ほど、この傾向が強いです。
逆に、優しかった上司は驚くほど印象が薄い。覚えていても、「優しかったな」「穏やかだったな」という抽象的な記憶だけで、具体的なエピソードが出てこないことも多いものです。
もしついていく上司を自分で選べるなら、優しい人より厳しい人を選んでください。そのほうがはるかに成長につながる経験を積めるはずです。
ただ現実問題として、嫌われるリスクを背負ってまで厳しく育ててくれる人は絶滅危惧種になっています。だから「選ぶ」というより「出会えたら離すな」が正確かもしれませんね。
叱られたときは「私の可能性を見てくれている」と考える
とはいえいざ叱られていると、「頑張っているのに認めてもらえない」「いつも否定ばかりされる」「あら探しをされている気がする」と感じることもあるはずです。
わかります。「頑張ったことは認めてくれつつ、足りないところを指摘してくれればモチベーションも上がるのに!」って思いますよね。
でも厳しい上司は、あら探しをしているわけでも、嫌がらせをしているわけでもありません。今のあなたではなく、あなたの可能性を見ている。つまり見ている景色が違うんです。
たとえば、「そんなことじゃダメだぞ」という言葉の裏には、こんな言葉が隠れています。
(やればできることを知ってるよ。しっかりやってね)
(そんなことじゃ、君が目指している場所に行けないぞ)
(あなたがもっと上に行かないと、後輩も育たないんだよ)
叱ってくれる人は、今のあなたと、あなたの可能性との間にある「距離」を測っています。「こいつにはこの可能性がある。行動や考え方が変われば、そこまで行ける」と思っているから、フィードバックをくれるんです。
叱られて落ち込んだときは、叱ってくれた人の目線で、自分を見てみてください。
ただし注意点があります。叱ると怒るは、似ているようで真逆の行為です。
叱る=相手のために、厳しく言う
怒る=自分のために、感情をぶつける
この違いの見極め方は簡単です。
「他人の子どもにも同じことをするか?」を考えてみてください。僕はこれを「他人の子どもテスト」と呼んでいます。
たとえば、スーパーで駄々をこねてさわいでいる子どもがいたとき、「しぃー、ここでは小さい声で話そうね」と注意するのは、他人の子どもにもできること。これは「叱る」です。
一方で、感情をぶつけるような言い方をして力ずくでやめさせるのはどうか。他人の子どもにはしないですよね。これは「怒る」です。
理不尽に怒りをぶつけてくる人からは、極力離れましょう。でも、厳しく叱ってくれる人は、絶対に手放してはいけない。
パワハラやモラハラまがいの行為は論外ですが、上司の行動の中に愛情や思いやりが少しでも見えるなら、そこで踏ん張ることをおすすめします。













