大阪のクラブで踊ることが「風営法違反」とされたが

大阪のクラブが突如「風営法違反」で摘発。裁判官にフロアでのダンスを解説し、無罪を勝ち取るまで_4

 そのアナロジー、類推で考えると、今の様々な公共訴訟の中で、さっきの少数者の職業で、しかも、人によっては「うさんくさい」と思っている人がいる職業だと「その職種は差別していいんだ」というようなことが、まさにコロナ禍のときに起こりましたね。持続化給付金の交付対象に、それらの事業者が含まれなかったとか。

そして、この会場の近所、中崎町あたりのエリアにはクラブがありますが、実は日本の当時の風営法(風俗営業法)では、夜間にクラブで踊るのは、厳密には違法状態になり得ていたんですよね。

大阪メトロ谷間線の中崎町駅 写真/Shutterstock
大阪メトロ谷間線の中崎町駅 写真/Shutterstock
すべての画像を見る

亀石 10年ちょっと前なんですけど、ここのすぐ近くのJRの高架下にあるNOONというクラブ、昼間はカフェで夜はクラブというお店なんですけど、そこが風営法違反で摘発された事件がありました。設備(大きなスピーカーとかミラーボールとか)を設けて、客にダンスをさせ、飲食を提供する営業は風俗営業である、と風営法に書いてあったんです。で、風俗営業をやるには公安委員会の許可を取らなくてはいけない、と。

確かに、文言だけを読むと、クラブって風俗営業にあたるようにも思えるんですが、ほとんどのクラブは公安委員会の許可なんて取っていなかったんですよ。なぜかというと、自分たちが風俗営業だという認識がまずなかったのと、もし認識したとしても、公安委員会の許可を取るのにはすごく高いハードルがあったので。

たとえば、面積がこれぐらいなきゃいけないとか、小学校からこれぐらい離れてなきゃいけないとか、住宅街の中にあっちゃいけないとか、いろいろ難しい要件があって、それを満たさないと風俗営業はできない。

だから、風俗営業許可を取ろうと思っても取れないクラブがほとんどだった。そしたら、「無許可営業だ」といって次々に京都や大阪のクラブが摘発された、という事件があったんです。2012年ぐらいだったかな。それが、クラブNOONが摘発されたとき、NOONの経営者の方は「待て」と。「俺たちの営業は、そもそも風俗営業じゃない。公安委員会の許可を取らなきゃいけないような、いかがわしい営業じゃない」ということで、法廷で争うことになった事件なんです。

 その法律自体、戦前から維持されていた法律だったんですか。

亀石 いや、実は昭和23年(1948年)、戦後まもない頃できたんです。何でこんな法律があるのかなと思って調べたんですけど、昭和23年はまだ戦後の混乱期で、売春防止法がまだできていなかった頃です。で、いろんなダンスホールで、たとえばアメリカの兵隊さんと日本の女性がチークダンスとかを踊って、それが売春の温床になっていた、という状況がダンスホールの位置づけだった。売春をきっかけに感染症が蔓延したりして「売春の温床となっているダンスホールを取り締まろう」ということでできた条文だったんです。「そんなの、今のクラブと全然違うじゃん」と思って。

朱 関係ないですね。

亀石 だから、条文に「客にダンスをさせ」と書いてあるけど、「どんなダンスなのか?」というのが問題になった刑事裁判だったんです。法廷で検察官が、当時そのクラブのフロアで音楽を楽しんでいたお客さんを証人に呼んで「あなたは当時どんなダンスをしていましたか?」と尋問されて、証人は「いやあ……右足を右にやって、左足を左に」。さらに検察官が「そのとき手はどのような位置にあったんですか?」とか、マジメに質疑応答しているんですけど、本当にコントみたいで(笑)。

 それは面白い(笑)。

亀石 傍聴席から笑いが出てくるぐらいで(笑)。でも、戦後のチークダンスとかとは全然違うわけじゃないですか。売春の温床でもないし、全然時代背景が違うんですよね。それで結果として、戦後のダンスホールのダンスと、今クラブでやっているダンスは全然違うね、となって、無罪になった事件でした(笑)。

 でも、それはまさに公共訴訟の、現代に至る流れの一つですし、亀石さんがそう言って公共訴訟をいくつも闘っていらっしゃる一個一個の原点が、大阪のこの辺の中崎町にあるというのは大事な話ですよね。

亀石 本当にそう。まず、私が公共訴訟と呼べるような事件に出会ったのはNOONの風営法の事件が初めてだったし、その次に、この『刑事弁護人』(講談社現代新書、2019年)という本に書いたGPS捜査の事件というのもまた、憲法を手がかりに違法捜査だということを認めさせた、公共訴訟と呼んでもいい事件なんです。

その後、『はじめての公共訴訟』に書いたタトゥーの彫り師の事件。これは心斎橋でたくさんのタトゥーショップが摘発されたということがありまして、本当、大阪というのは事件に事欠かないです。

 お上に唯々諾々と従わないというのは、大阪の商人精神の原点にあったりするかもしれない。この本、「公共訴訟」に宿るスピリットの原点はそこにもあるよ、というのは大阪の人に伝えたいですね。

亀石 そうですね。大阪に来てから私、法律の勉強を始めて弁護士になったんです。弁護士になってからも、刑事弁護という仕事をして、もう大阪府中の警察署に、本当に駆けずり回って仕事していたんですよ。だから、初めてそのとき大阪に来たけど、大阪府中の警察に行ってるからけっこう詳しいんですよ。「あ、それ○○警察の近くね」みたいな感じで、警察を私の場合はメルクマール(目印)にして、それで大体分かるみたいな感じで(笑)。だから、すごく愛着があります。

構成/稲垣收 写真/CALL4、集英社新書編集部

はじめての公共訴訟 社会を動かす、私たちのツール
井桁 大介 (著), 亀石 倫子 (著), 谷口 太規 (著), 丸山 央里絵 (著)
はじめての公共訴訟 社会を動かす、私たちのツール
2026/5/15
1,012円(税込)
224ページ
ISBN: 978-4087214109

社会の中で「おかしい」と感じたとき、不条理な壁に突き当たったとき、私たちは何ができるのか。差別、労働、環境問題、ジェンダー、社会保障──さまざまな課題に対し、裁判という方法で社会のあり方を問い直し、変革を働きかけるのが「公共訴訟」である。
本書は、実際の事例や当事者の物語を手がかりに、その歴史と役割を解説。公共訴訟はどのような戦略、連帯によって社会を変えてきたのか。裁判を「社会を動かすツール」としてとらえ、個人の声が制度や社会を変えていくプロセスと、その可能性を示す入門書。

同性婚訴訟、タトゥー裁判、大川原化工機事件、立候補年齢引き下げ訴訟……
もっと公正な社会を生きたいあなたへ

◆推薦◆
よりマシな社会をあきらめたくないすべての人へ。
ここに私と公共をつなぐ回路がある。
──哲学者 朱喜哲氏

少数の痛みは、「大したことない」ことにされやすい。
「こうなってほしい」が、感情の問題と一瞥(いちべつ)される。
公共訴訟はそんな社会の扉をこじ開ける、希望。
──NO YOUTH NO JAPAN創設者 能條桃子氏

自分たちの手で社会はどんどんよくしていくことができるなんて、なんだ、最高じゃないか。
──小説家 山内マリコ氏

◆目次◆
第1章 声をあげる人々、その物語──公共訴訟を知る
第2章 公共訴訟は社会をどう変えるか
第3章 公共訴訟の誕生と歴史
第4章 データで見る公共訴訟
第5章 なぜ数が少なく、勝ちにくいのか──公共訴訟の抱えるハードル
第6章 新たな動きが生み出す、新しい連帯
第7章 公共訴訟の未来

amazon 楽天ブックス セブンネット 紀伊國屋書店 ヨドバシ・ドット・コム Honya Club HMV&BOOKS e-hon
バラバラな世界で共に生きる: リチャード・ローティの哲学
朱 喜哲
バラバラな世界で共に生きる: リチャード・ローティの哲学
2026/5/11
1,023円(税込)
224ページ
ISBN: 978-4140887608
わかり合えない他者を、敵にしないために。

分断が極まり、「正しさ」がSNSでぶつかり合う社会で、私たちは他者といかに語り合えるか。アメリカの哲学者リチャード・ローティは、共通の基盤なき世界でそれでも人が共に生きる可能性を問い続けた。その哲学から、分極化の時代を生きるための知的作法を鮮やかに引き出す。大好評だった『100分de名著 リチャード・ローティ『偶然性・アイロニー・連帯』』テキストを大幅改稿。死後に注目された「予言」や主著以外の発言にも光を当て、その思想の先進性をいま問いなおす。著者初の新書!
amazon